第三十四回 深夜のバラナシは、何があっても驚かない覚悟で

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

遠藤 喨及
東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください。 http://endo-ryokyu.com/blog/


第三十四回

――砂糖入りおじやの話は、笑っちゃうと同時に、なんだか切なかったです。
味付けに文句をいえないみんなの心情が、、、。

住職:それは、やっぱりねぇ、、、。
バックパッカーは、社会の底辺に生きるインド人たちの圧倒的な貧しさの前には、言葉を失うんですよ。
先進国から来た私たちが、どれほど貧乏旅行者を気取ったところで、彼らの現実の前では、私たちの「貧乏」なんて、たかが知れているし、チャンチャラおかしいものでしょう。

――それは、バックパッカーといえども海外旅行できるんですからね。
彼らにしてみたらお金持ちでしょう。

住職:その通りです。そして、同じ人間でありながら両者に横たわる、お互いの環境の違い。
これに対する罪悪感もありました。

――わかる気がします。

住職:でも、その罪悪感ですら、底辺のインド人のたくましさの前にはこっけいな気取りに過ぎないんです。
そのことも、無意識の内には思い知らされていたと思います。

――なるほど、、、。
久美子ハウスにはどのくらい滞在されたのですか?

住職:3週間ぐらいです。
最初の1週間は、ガンジス川を眺めながらほぼ一日中、寝ていましたね。

――一週間も?そんなに眠れるものですか?

住職:極暑の中、心身ともにかなり無理な旅をして来ましたからねー。
相当疲れていたのだと思います。

――そうだったんですね、、。

住職:泊ってわかったんですが、久美子ハウスでは夜間の外出ができなかったんですよ。

――門限があるなんて、意外ですね。

住職:僕が泊った半年か1年前に、日本人のバックパッカーが、ホリーという祭りの写真を撮りに外出したんです。
しかし彼は、部屋に荷物を置いたまま帰って来なかったそうです。

――えっ、、(絶句)

住職:警察に捜索願いを出し、その後、日本から親御さんも来られて随分と探したそうなんですが、行方不明のまま、とうとう発見されなかった、と。

――そうですか、そんなことがあったのですね、、。

住職:サンチさんは、「祭りの写真を撮っている内に、カメラを狙われたに違いない。
殺されて盗られたのではないか」そう言っていました。

――バラナシは小さな路地が無数にある街ですから、路地の陰に引っぱりこまれたら誰も気づかないでしょうね。

住職:「死体を布でくるんでガンジス河に流されたら、絶対にわからないから」と言っていました。

――毎日無数の死体が焼かれて流されている河ですものね。
たしかに、布にくるまれていたら、誰の死体だか、わからないでしょうしね。

住職:で、宿の主人のサンチさんも久美子さんも、その時はとてもつらい想いをしたし、自分たちの宿から行方不明者を出したという責任を痛感したそうです。

――そういう経緯があったのですね。
無理もないことですね、、。

住職:それで、同じような想いは二度としたくないからと、夜はホテルをロックする方針になったそうです。

――旅行者にとっては、物足りないかもしれませんね。

住職:インドのホリーは、無礼講で、誰でも赤い液体を投げつけ合うというものです。
かなり過激な祭りで、毎年、死者が何人も出るらしいんです。

――ええ、聞いたことがあります。
危険だと、、。

 

住職:時には化学薬品とかヤバいものも入っていることがあるので注意が必要だ、とか、、、。
また、祭りで興奮した群衆に何かされても制止できない、とも聞きました。

――ガンジス河で焼いている死体の写真撮影は、宗教上禁止されているのにも関わらず、中には撮影する旅行者がいたりするらしいですね。
それで、敬虔なヒンズー教徒たちと揉めることも、時にはある、と。

住職:宗教上禁止されているとは知らず、撮影してしまう人もいるんでしょうけどね。

――それは、勉強不足ということなんでしょうね。

住職:久美子ハウスで行方不明になった日本人のバックパッカーは、当然そのような注意事項はサンチさんから聞いていたでしょうから、サンチさんの言うように、強盗だったのかも知れません。
僕が、“ホリーの期間中は危ないからホテルから外に出ない方がいい”と、チベット人に忠告されたのは、ブッダガヤでした。

――まるで戒厳令みたいな感じの話ですね。

住職:それと、実は、この時の旅ではないのです。
ただ僕は、ちょうどホリーの時期に出くわしたことがあるんです。

――え、そうなんですか?

住職:2回目にインドに行ったときだったと思います。
この時の旅の5年後に、僕は再びインドに行っているんですよ。
*編集部注/住職は、これまでインドを3回旅している。

――やはり1人で行かれたんですか?

 

住職:ブッダガヤの菩提樹で結婚式をやった時だから、この時はまゆさんが一緒でした。

――わー、すてき!

 

住職:何とその2、3日後がホリーだったんですよ。

――ひょえー。

住職:いやー何か、ホリーの日が近づくにつれて、村全体が何だか不穏な空気に包まれてくるんですよ。
夕方になると、ドロドロドロとか、そこら中で太鼓とか鳴らし始めたりして。

――うわー、なんか恐怖映画のよう、、、。

住職:この時、“ホリーの間は、レストランも全部閉まるし、日中危ないからホテルから出られなくなるよ”と聞いたんです。

――ええ。

住職:田舎村のブッダガヤのゲストハウスには食事なんかないし、「ならば」と意を決して、騒然とした雰囲気の中を、祭りの前日に村を出たんです。

――よかった!

住職:ガヤ駅には午後2時頃着いたんです。、、、が、列車が来ないんです。
何せ、当時のインドの列車ですからね。

――ええ、、。

住職:当初に予定では、夕食の時間ぐらいにバラナシに着けばいいかな、と
思っていたんです。でも列車は、いつまで待っても来ない。
やがて夕闇が迫って来て、街はどんどん不穏な空気になって来る。
そして、ますます騒然としてきます。
僕は、「ヤバいなー」と思いながら、さらに列車の到着を待ちました。

――はらはらしますね、、。

住職:結局、夜9時頃にやっと列車が来て、ようやく乗り込んだんです。
その時は、“これで、危機を脱出した”という気分だったんですが、、、。

――そうでもなかったのですね、、?

住職:何せバラナシに着いたのが、夜中の2時か3時だったんですよ。

――あれまー、、しかもホリーの当日ですよね。

住職:はい、だから当初の予定では、夕食頃に着いて、2、3日は外に出なくても済むホテルを探して泊ろうと思っていたんですよ。

――ええ、、。

住職:でも、着いたのは深夜。どうしよう?!?と思いましたよ。
深夜のバラナシで、人力車に乗ってホテルを探すなんていうのは、何だかあまりぞっとしない話だし、、、。

――ですよね。

住職:それで駅構内のホテル(と言っても中級ぐらいの安宿ですが)に泊ろうと思いました。
それなら、外に出なくて済むし、駅の中にはストランもある。
ホリーの騒ぎが収まるまで滞在して、外に出なければいいや、と思ったんです。

――なるほど。ところで、まゆさんと一緒でもバックパッカーだったんですか?

住職:そんなに簡単に、バックパッカー体質なんて、変わりませんよ。

――でも結婚式とかやったんだったら、新婚旅行じゃないですか。

住職:インド一泊目から、水シャワーのチョロチョロしか出ない、
ひどい安宿で、彼女はビックらこいてましたね。ははは。

――まゆさんも、よく我慢しましたね。

住職:いやー、女の人の方が適応力があって、男性よりたくましいんではないですか。
カップルで行くインドの旅は、長期になると、だいたいは男性がぐったりして、女性は元気だと、何かのテレビで言ってましたよ。
いやー、僕は本当だと思いますね。?

――ふふふ、そんなこと言っていいんですかぁ? 

住職:いや、これは内緒。

――内緒って、あはは。ところでバラナシ駅構内のホテルには泊れたんですか?

住職:いやー、それが、満室と言われてしまいまして、、、。
深夜のバラナシ駅で立ち往生ですよ。

――ええー!? 
で、どうされたんですか?

住職:しばらく考えた後、僕は、“しゃあない”と腹をくくりました。
そして駅を出て、一台の人力車に近づき、寝ていたリキシャマンを起しました。
それで、“どこか、あんたの知ってるホテルに連れて行ってくれ”と言いました。
リキシャマンは無言でうなづき、こうして僕らは、人力車に乗り込んだんです。?

――ええーっ!?

住職:その時の光景は、今でもよく憶えています。人力車が走り出した時に感じた、深夜のバラナシの街。
その、ひんやりとした風。

――で、大丈夫だったんですか?

住職:まず僕は、リキシャが走り出すなり、まゆさんに言ったんですよ。
“こいつが変な動きをしたら、オレが塞き止めるから、とにかくお前はすぐに逃げろ”と。

――はあ、、、。
だって、そこは無数の路地があり、誰かが行方不明になってもわからない街ですよね、、?

住職:はい。遺骨や死体を流すことで天に生まれることができるという聖なる「ガンジス河」がある街です。
インド中から、遺体とその予備群のお年寄りたちが集まって来る街とも言われています。

――しかも、毎年死者が出るというホリー祭りの当日の深夜3時だったんですよね

住職:いやー、だから、もう何があっても驚かないつもりで、僕は油断なく身構えていました。
深夜のバラナシを疾走する、人力車の上で。

――、、、。

住職:ずいぶん長い時間が経ったように感じましたが、やがて人力車は、薄暗い安ホテルの前に止まりました。

――、、、。

住職:僕もそこで、ようやく緊張と荷物を降ろしたのです。
時間を見たら深夜4時近くなっていました。明けたら、もうホリーの始まりです。

―続く―