心の輝きこそが理想の未来を実現する ―チャリティクス篇(9)―

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

遠藤 喨及
東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください。 http://endo-ryokyu.com/blog/


チャリティックス(Chari-TX)

住職が20代前半から開発して来たミリタリー戦略ゲーム。

先代の任天堂社長には、「ファミコンが出る前だったら、相当ヒットしただろう」
と言われ、将棋のプロ養成所にいた人をも「極めて奥が深いゲーム」とうならせている。

一方、バングラデッシュのいくつかの小学校では、校長先生自らの肝入りで、
課外授業として定期的にチャリティックスをやっていくことを決定したばかり。

現在、ゲームSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)として立ち上げるべく、
急ピッチで水面下でのシステム開発が進められている。


 

心の輝きこそが理想の未来を実現する(9)

 

実はオカルト結社だったナチス

 

--日本に囲碁を広めたのが僧侶であり、最古の棋譜が日蓮上人と弟子のものだったとは!? 驚きです。囲碁の普及を政治に応用した家康は、猛烈な念仏者だったそうですね。

住職:碁は白と黒のコマが闘うゲームですが、これは光と闇の調和を象徴しています。ポジティブとネガティブの調和を人の無意識に浸透させるゲームですね。

--ロゴや図形などの象徴も、私たちの無意識に影響を与えるのですか?

住職:無意識の状態は、気を通じて身体に表れます。例えば、 ^ ^ ) という図形を見ている時と、 > <; ) を見ている時では、気の状態はまったく異なります。

--はい。

住職:前者の図形を見ている時は、横から押されても倒れません。
しかし、後者の図形を見ているときに横から押されたら、簡単に倒れてしまうんです。

--気のワークショップで体験したことがありますが、あれ面白いですね~。

住職:昔からオカルト的な結社は、ロゴや図形が人の無意識へ与える影響力を知っていました。例えば、有名なナチスの「逆卍」は、もともと平安を象徴する仏教のシンボルである「卍」を逆転させたものだったんです。

--そうですか!

住職:実はナチスは、もともと政治団体ではありませんでした。ツーレ協会という、黒魔術を行う悪魔崇拝のオカルト結社だったんです。右腕を上げるナチス式の敬礼は、ツーレ協会の隠れた暗号だったのです。

--それは知らなかったです。

住職:だから戦争の時期などは占星術で決めていたし、チベットの黒魔術ともつながっていました。終戦前のベルリンには、チベット人部隊まであったというウワサまであります。

--へぇー!

住職:ナチスの教義では、シャンバラという地底世界がチベットにあるとされていました。だから敗戦直前まで、毎年チベットに探検隊を送っていたんです。実際、僕がネパールで会ったチベット人は、ナチスの人間を毎年見ていた、と言っていました。

--そうですか!

住職:ナチスは、平安を逆転させた逆卍ロゴの無意識的効果をよく知っていました。さらに、軍神マースを象徴する鷲を表したロゴなどもに使っていました。ポジティブな作用であれネガティブな作用であれ、ロゴの無意識効果をよく知っていたのです。

--なるほど!

住職:今現在でも、人間の無意識に影響を与えるためのロゴは、数多くあります。通常、見過ごしていて、なかなかこれに気づきませんが。

--うーん、気をつけなくてはなりませんねぇ、、、。

 

人生の岐路に立つときの脳トレに

 

住職:ロゴですら、これほど大きな影響を与えるのです。ましてやゲームは、私たちが考えている以上に大きな影響を与えます。

--はい。

住職:トランプを創ったのは、古代エジプトで発生したジプシーたちです。当時、タロットと占星術はローマ・カトリックに禁止されていました。もしかしたら、彼らの精神文化を人々の無意識に残そうとしたのかも知れません。

--なるほど。

住職:先に述べたように、白黒で表されたコマを使うゲームは、光と闇の調和という普遍的なテーマを、人類に浸透させるものです。

--うーん、ゲームによって人類の精神的テーマが無意識に浸透する、、、。

住職:はい。本来ゲームは、高度な知的遊戯です。だから僕は、反射神経だけのテレビゲームはゲームなんて呼ばず、何か別の名前にして欲しいと思うぐらいです。文化を無意識に浸透させるのが、本来のゲームの役割りですから。

--トランプはタロットや占星術、また碁や将棋は易や調和の思想。
ではチャリティックスは、何を浸透させることが目的なんでしょう?

住職:前回、IT革命によって仏教ブームが起きた、という話をさせて頂きました。だからまあ、チャリティクスによって人の無意識に、それと似たようなことが起きる、ということです。

--ああ、なるほど~! 真逆のものが反転融合する、大乗仏教の哲理が浸透する、ということなんですね!

住職:その他にも、未来と過去が反転する、というのもありますね。

--ああ、(4)に出てきた人生の成功哲学と関連することですね。チャリティクスの持つそれらの意味を考えると、なぜ、孔子の必須科目に将棋が入っていたのかが、わかる気がします。

※孔子は、琴棋書画(きんきしょが=音楽、将棋、書道、絵)の四つを必須科目とした。

住職:チャリティックスとは、人生の岐路に立った時にしか使わない脳の部分を覚醒させたり、トレーニングするゲームです。またこれには、禅の石庭や箱庭療法の要素もあります。

--はい。

住職:箱庭療法が時には人生を変えるほど無意識に大きな影響を与えることを考えると、チャリティクスもまた人生に影響を与えることは十分に考えられると思います。

※注:箱庭療法との関連については、「住職に聞くーチャリティクス篇(2)ー」
を参照)

 

戦争を語らずに平和を語れるのだろうか?

 

--戦争を象徴する武器の形がコマであることの無意識への影響は、どのように考えたら良いのでしょうか? ネガティブな影響はないのでしょうか?

住職:そもそも戦時写真や戦争体験などを題材にせずに、平和イベントができるでしょうか?
戦争を語らずして、平和を語ることができるでしょうか?
何かを表現するためには、これと相反するものの存在を語らずには不可能ですよね。

--それもそうですね!そもそも「平和」自体が、戦争という相反するものがなければなり立たない概念ですものね。

住職:平和イベントをやるときに、「戦場写真なんかネガティブなものを貼り出すのは良くないよ」なんていう議論がでますかねぇ?

--ははは。それも、そうですね。平和を語るゲームを造るには、戦争をテーマにせずしては不可能でした。

住職:その他チャリティックスの効果として、灸療法やホメオパシーの薬理効果のような、ある種、逆療法的なものも考えられます。

--それは、どういうことですか?

住職:例えば、灸療法によって皮膚が小さな火傷を起こします。この時に生じる微量の毒素は、身体にとって有害なものです。しかしこれによって、逆に白血球が増え、免疫力が高まることはよく知られています。

--微量の毒素が、逆に治病効果を上げるんですね。

住職:これはホメオパシーも同様です。例えば高血圧の患者に対して、ホメオパシーでは、現代医学のような血圧を下げる化学薬品の投与はしません。ごく微量の、血圧を上げる作用がある自然物を投与するのです。しかし、それによって患者の身体は、逆に血圧を下げる反応をするのです。

--なるほど~。

住職:そこで、チャリティクスのコマが戦車だったりとか、戦争ごっこで遊ぶみたいなところを、これにあてはめて考えてみて下さい。

--そういえば故河合隼雄さんの「悪と子ども」という本に、子どもは悪を体験することで成長する、という下りがありました。子どもにとって小さな悪の体験は、お灸で生じる微量の毒素みたいなもの、ということなんでしょうね。チャリティックスのコマも、マイナスによるプラスの効果を象徴しているのではないでしょうか。

住職:はい。これもやはり、無意識内のことですが。

--灸の毒素が免疫力を高めるように、戦争のイメージがインプットされるからこそ、自らの闇に向き合い、平和をよりクリアーに意識することになるのでしょうね。

住職:そもそもポジティブなことを語るには、ネガティブなことを語らなければ無理。この反転性は、極めて単純なロジックなんですけどねー。
僕としては、”戦場をテーマにしているゲームなんて”と眉をひそめる人を見ると、“どうして仏教的とはいえ、この単純なロジックに気づかないんだろう?”と思うことがあります。

--はい、わかります。この仏教的な気づき、あるいは単純なロジックへの気づきがないと、平和のためのゲームを創るのに、なぜ戦争をテーマにする必要があったのかは、理解しにくいかもしれませんね。

住職:“坊さんなんだから、もっと平和的なゲーム造ったら?”と言われたってあなた、「クマさん、ウサギさんが仲良く暮しています」みたいな牧歌的な物語を造ったところで、どうやって人が内なるネガティビティに直面して、平和を語るゲームになりますか?

--ははは、それもそうですね。ところで男の子って、必ずチャンバラとか戦争ゴッコってやりますよね。

 

精神的成長には、擬似的な死の象徴を必要とする

 

住職:はい、相手にやられるたびに、死ぬ真似をしますね。あれは、死を象徴しているんですよ。精神的な成長は、蝉や蛇の脱皮と同じで、それまでの自分は死ななければならないからです。子供は日々が成長だから、それこそ三日と空けず、擬似的な死の象徴を必要とするんですね。

--戦争ごっこって、女の子はあまりしないですね。ボーボワール(哲学者サルトルの奥さん)が、“社会によって女の子にさせられるのだ”、というようなことを言っていましたが、社会的なことが原因でしょうか?

住職:僕は、女の子の方が肉体の変化(脱皮)を、無意識内でよりはっきりと感じているからではないかと思っています。男の子よりは、脱皮を象徴する擬似的な死を必要としないのではないか、ということです。

--コンピューターのバトル・ゲームで戦争とか闘いをするのでも、擬似的な死の象徴体験になるんですか?

住職:自分の声や身体を使わずに、リモコンの操作だけでバーチャルとして行うのだと、象徴としては不十分な気がしますね。どうしても身体性が必要になって来るから、結局は、サバイバル・ゲームなどに行かざるを得なくなるのではないでしょうか? もっとも、どちらにしても頭脳スポーツにはなりませんが。

 

象徴的な意味を与えると、モノに気が宿る!?

 

住職:図形が精神に影響を与えるのはお話しした通りですが、逆に精神によってその図形の持つ意味を変化させることもできるんです。

--ということは、コマの持つ象徴としての意味も変わるということですか?

住職:「物と心では、どちらが根本か?」これは、東洋思想の根本的な問いかけです。そしてこれ、実は僕自身が、タオサンガの数珠を創る過程で、驚きをもって体験したことなんですが、数珠のたま(珠)一つ一つに意味を与えると、そこに気が宿るんですね。そして、その数珠を身に付けた人の気が変わるんです。

--タオサンガの数珠を身に付けてもらって、O-リング・テストをすると、気が強くなっていて、皆さん驚かれますね!

住職:それでわかったことは、物や形そのものに力があるというよりも、物や形にどのような意味を込めるか、が重要だということです。だから制作者の心によって、コマに宿る「気」は、異なると思います。

--考えてみたら、戦争を象徴するチャトランガ(注)によって戦争が増えた、なんていう話は聞きませんね。(逆に、中国かどこかで、本物の戦争の変わりにやったことがある、なんていう話もあるぐらい)となると、心を前提として観たら、武器をコマにしていることに対してナーバスになる方が、かえって変な気もしてきますね。

※チャトランガ:6世紀のインドで、戦争好きの王様に戦争を止めさせるために僧侶が創った戦争ゲーム。チェスと将棋の原型がこれ。

住職:まあ、だから僕にしてみたら、“ゲームを知らないのに、なぜコマの形にこだわるのだろう~?”と不思議ではあったんです。

--チャリティクスが今の段階になるまでには、先にお聞きしたように、このゲームに対する偏見があったり否定的な見方を示す人たちもいたと思います。住職にしても、それなりに傷ついたりして来られたのではないですか?

住職:それはまあ、自分にとってチャリティクスは、ガウディが何十年もかけて造った建築物みたいな、わが「作品」ではありますからね。わが子を、見てくれだけで他人に否定された親が、「外見だけで判断しないで、どうかこの子と遊んでやって欲しい、、、。」とでも言いたくなるような気持が、全くなかったと言えばウソになります、、、。

--でしょうねぇ、、、。

住職:正直に白状すると、“コマが戦車だろうが萌え系だろうが、そんな視点からで見ないで欲しい、、、。そんな瑣末ことよりも、チャリティクスを通じて、人同士が子どもの部分で友だちになることの方がよっぽど大事なことじゃないかな~。どうしてこのゲームにこめられた願いに目を向けようとしないんだろう? 孤独な人がいなくなることに協力して欲しいなあ~。”なんて思うことは、時おりありました。

 

人の念は、物理法則すら変化させる!?

 

--必ずしも人々の理解が得られたというわけではなかったにも関わらず、住職をしてチャリティックスを創り続けてこさせたのは、一体何なのでしょう?

住職:それに関連することですが、「奇跡のリンゴ」の著者の木村秋則さんをモデルにした映画を見たとき、とてもに心に残ったセリフがあるんです。

--はい。

住職:無農薬のリンゴができない生活が10年近く続いて、家族が貧乏のどん底に陥っているさなか、友人に殴られて、“こんなバカな夢に取り憑かれやがって。おまえは家族を苦しめているんだぞ!”と罵倒されて倒れるんです。でも倒れたまま、木村さんが言うんです。“諦められないんだ。ここで自分が諦めたら、人類が諦めることになるから、、、”って。

--凄いことばですね。

住職:でも、あの映画の一番のポイントは、リンゴの無農薬栽培に成功した時に、リンゴが実っていなかった2、3本の樹が示していることなんですよ。

--あっ、そうなんですか?

住職:木村さんは、毎日、リンゴの樹に話しかけていたんです。でも、隣の畑に近い数本の樹にだけは話しかけなかったんですね。リンゴの樹に話しかけているのを隣の人に聞かれたら恥ずかしいから。

--なるほど。

住職:無農薬栽培に成功しても、木村さんに話しかけられなかった数本の樹にだけは、リンゴが実っていなかったんです。、、、ということは、です、、、。もし木村さんが、リンゴに話しかけていなかったら、他の樹も実らなかった。たとえ新しく思いついた栽培方法だったとしても、実らなかったあの数本の樹と同じだったということです。すべて同じ方法で栽培していたんだから。

--あっ、そうか!

住職:しかし木村さんは、無農薬栽培に成功した。そして今も成功しているし、他の人にも教えることで、今やリンゴの無農薬栽培は普及しています。そして、このことが一体何を意味するのか?

-- ?

住職:映画でも本でも、「自殺しようとしかけた時にひらめいた方法で成功した」とあります。また木村さんご自身もそう思っていらっしゃることでしょう。
しかし、本にも書いてありましたが、現在のリンゴは、人間が長い時間をかけ人工交配によって作って来たものなので、そもそも無農薬栽培には適さないものだったのです。

--はい。

住職:つまり、リンゴの無農薬栽培は、どんな方法を取ったにせよ、物理法則として不可能なことだった。それは、リンゴが実っていなかった樹(木村さんに話しかけられず、実らなかった樹)が示していると思います。、、しかしリンゴの無農薬栽培は成功した。、、、これが意味しているものは何か? それは、人間の念や心というものは、物理法則を超えてまでも、不可能を可能にする、ということなんです。木村さんのリンゴの無農薬栽培は、実は、このことを人類に伝えるための、宇宙大霊からのメッセージだと僕は思いました。

--ああ、なるほど、、、。

住職:イエスは、「まことの信仰があれば、“この山よ、向こうに移れ”と言ってもそうなるのだ」と説いています。イエスの言葉にしても、木村さんのリンゴの無農薬栽培にしても、人間の心は、こんなに偉大なんだということを僕たちに教えてくれていると思うんです。僕はそこに、人類の新しい精神文化の萌芽を感じるんです。

--ホントにそうですね。

住職:もちろん、チャリティクスに限らず、タオ指圧にしてもタオサンガの念仏にしても、人に理解されるようになるまでには、本当に時間がかかりました。その過程では、“人はこんなもの求めていないんじゃないか?”と疑問に思うことだって、たびたびありました。信頼していた人に裏切られる経験だって、一度や二度ではなかった。、、、でも、諦められなかったんです。木村さんではないですが、無意識に“自分がここで諦めてしまっては人類みんなが、、、”という責任感みたいなものが、心のどこかにあったんだと思います。

--そうですか、、、。

住職:チャリティクスについていえば、僕には、人と人が子どもの部分でつながって欲しい、という夢がありました。その手段として戦争ごっこの遊びをボードで表現するゲーム、チャリティクスを考えたんです。たとえ理解されないことがあっても、孤独な人がいなくなるという夢を捨てることができなかった、、、。だから続けて来たんです。

― 続く ―