Q:和田寺は浄土宗ってありますが、宗派って、なぜわかれているのですか?
A:言葉では表現できない神さまや仏さまのことを、人間の言語に翻訳したものが宗教です。だから宗教は、神さまでも仏さまそれ自体ではありません。

念仏をしている金髪の人Q:それはまた、ずいぶんと大胆な発言ですねー。

A:まあ、事実ですから、、、。しかし言語化しなければ、文化は伝わりません。宗教や宗派とは、宇宙大霊とは何かを語るものです。

Q:なるほど。

A:宇宙大霊は1つですが、同時に無限の存在でもあります。

Q:….

A:そして、ここからが大事なのですが、私たち人間の意識は有限で、極めて制約が大きいものなのです。Q:というと?A:たとえば、大きいものであり、同時に小さいものが、実際に存在したとしても、私たちの意識では認識できません。

Q:そうですね。

A:右か左かなど、相対的にしかものごとを認識できないのです。人間の意識は、、、。

Q:はい。

A:でも最新の量子力学では、たとえば宇宙の実態として、「ここ」と「あそこ」等、存在とは、別の場所に同時に存在するものであることを説いています。しかし、これを意識で理解することは不可能です。

Q:はい。

A:また仏教では、過去、現在、未来を「絶対同時態」と言いますが、これも人間の意識では分からない。

Q:修行するとわかるんですか?

A:まあ、だから「理屈をこねずに修行せい!」とか言う話になってしまうんですが、、、。ここで、話を戻すと、先に述べたように、人間の意識は小さく制約が大きすぎるのです。だから、無限の存在である宇宙大霊を語ろうとしても、限られたある側面しか語ることはできない。これが言わば、宗教や宗派に分かれている理由なんです。

Q:なるほど。

A:例えば、ゾウを見たことない人たちが、目隠しされた状態で、それぞれ一部を触っているとします。ある人はシッポをつかんで、「ゾウとはひものようなものだ」と言い、キバを掴んでいる人は、「ゾウは堅くてとがっているものだ」と言います。それでお互い自分が絶対正しいと言い争ったりします、

Q:同じゾウなのにね。

A:宗教もこれと同じです。体験した人は全体像がわかるので、言語的なディテールの違いは気にならないんです。

Q:なるほど。

A:だから、宇宙大霊という家の中は同じなんですが、入り口は分かれています。そして、家の中に宝があるとすれば、どこかのドアを開けて、家の中に入らなくてはなりません。もし、家の中にある宝、無限のパワーや愛、また豊かさを手にしたければ、、、。
そのドアの1つがタオサンガで、パスワードが念仏というわけです。

jizoくん ひらけゴマ!Q:「開けゴマ!」 みたいですね。

A:「開け光!」かな。 もっとも、宗派にこだわる必要はまったくありませんけどね。

山崎弁栄上人
山崎弁栄上人
Q:そうなんですか?
A:なにせ、和田寺タオサンガが師匠として仰いでいるのは、明治、大正時代に超宗派どころか、超宗教の念仏を説いた弁栄上人ですからね。(光明会ホームページ
Q:それは、どんな方ですか?
A:明治の大徳であり、現代の釈尊と呼ばれた人です。浄土宗のお坊さんでしたが、禅宗、真言宗、日蓮宗やキリスト教の牧師に至るまで、各宗のお弟子さんたちがいらっしゃいましたよ。
Q:へぇー、珍しいですねえ。
A:念仏による悟りの奥義を、キリスト教的な表現や、西洋の哲学や科学まで用いて説いたんです。言わば、超宗派の念佛の法門を開いた人です。
Q:明治、大正時代に、そんな人がいたんですか?
A:まあ、知る人ぞ知るですけどね。でも、仏教学者の中村元さんや、数学者の岡潔さんなどは絶賛していましたよ。
Q:そうですか。
A:ひとつ言えることは、弁栄教学によって、キリスト教の伝統を持つ西洋人にとっても、仏教とキリスト教が融合した理想的な道が開かれたということです。
知恩院
知恩院
Q:だからタオサンガは、海外にも広まっているんですね。和田寺は浄土宗のお寺ということですが、どんな背景があるんですか?
A:はい、開祖は法然上人で、総本山は京都の知恩院です。また、和田寺の本寺は島根県の匹見という所にあります。だから東京と京都のタオサンガ・センターは、言わば出張道場ということです。

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