Q:普通のお寺には、一般の人が修行する場というようなイメージはないですよね。
それなのに、どうしてこんな活動をしているんんですか?
A:人の心を自由にしたいという夢があるからです。
Q:修行すると、自由になれるんですか?
A:皆さん、なられますね。
Q:お寺と聞くと、堅苦しいイメージがありますが。
A:タオサンガは、”人々が楽しく自由に、そして真摯に修行に打ち込めるコミュニティを創りたい”。そんな願いで始まったんです。
Q:なるほど。
A:ついでに付け加えると、タオサンガには、人のたましいは支配されたり指示されることによっては成長しない、という信念もあります。
Q:そうなんですか。
A:私たちは権威に依らず、非指示的で、かつ共感的な温かい人間関係を理想としているんですよ。
Q:温かい人間関係というのはわかりますが、非指示的で共感的というのは?
A:心理カウンセリングの基本的なコンセプトと同じですよ。お互い、相手に対して肯定的な関心を持って、話に傾聴するのです。
Q:話に傾聴というもは?
A:ただひたすら共感して、相手の気持ちの理解に努めるということです。
Q:なるほど。
A:これによって、人の心の成長は促され、各自が自身の道を見出していくのです。私たちは、こうして、修行コミュニティを豊かに創造していくことができるんです。
Q:普通、お寺と聞くと上下の関係が厳しい感じがしますが。
A:普通は、そうですね。
Q:それは、何に由来するのですか?
A:お釈迦さまの時代には、カースト制度に基づいた、出生による厳しい身分の上下関係がありました。それは過酷で人間の尊厳を踏みにじるものでした。そこで、お釈迦さまは、この悪しき因習を打破するために、後輩は、一日でも先に入門した先輩比丘(僧侶)を、礼拝しなければならないという戒律を定めたのです。
Q:そうだったんですか。
A:その後、仏教は中国、日本へと下って行きました。しかし現在もなお、この戒律に含まれた精神は、様々な人間関係におけるメンタリティに影響しているようにも思われます。

jizoくん ショック!Q:たしかにいわゆる「寺」には、先輩後輩などのキツイ上下関係のある、体育会系的なイメージがありますね。

A:はい。例えば、厳しいことで有名な、伝統的仏教の本山の修行体験記に書いてありましたが、先輩は、廊下ですれ違った一年後輩が、自分の目を見たというだけで、後輩を殴らなければならなかったそうですからね。

Q:それはまた、ずいぶんと厳しいですね。

A:もちろん、師匠や先輩のどんな命令にも従うという厳しさの中に、自己を捨て、無我を体験していくという道もあるのでしょうけど。

Q:なるほど、そういう見方もありますね。

A:まあ、それこそが禅などの、いわゆる“ 聖道門” と言えるのかも知れませんが、、、。しかし、人々の無意識にインプットされている、こうした伝統の精神を、カルトが悪用することがあるのも事実です。

Q:と言うと、、、?。

A:すなわち、“ どんなことでも師匠の命令は無条件にしたがう” という伝統の精神と、“ 反社会的行為でも、神のために従いなさい” というカルト教祖のメッセージに、どう区別をつけるのかの判断は、難しいのではないかと思うんです。

グルQ:そもそも、どうして人は、カルトに走ったりするんでしょうか?

A:心理学者エーリッヒ・フロムの著書『自由からの逃走』には、その辺がよく分析されていますね。

Q:そうですか。

A:彼は、「なぜ理性的なドイツ国民がナチスに従ったか?」をテーマに人間心理を研究したんです。

Q:へぇー。

A:それによると、人がカルト教祖に従うのは、“ 他の権威ある誰かに、自分の行動を決めてもらいたい” という、「被指示願望」によるものというのです。

Q:なるほど、人間は権威に弱いですからね。

A:はい。自信たっぷりに権威的に語ったり、自分のことを決めつける人に対しては、「盲目的に従いたい」という潜在的な願望を刺激されるのです。

Q:そうかあ。

A:カルトは、こうした人間の弱さや習性を利用して、信者の精神をコントロールするのですね。

Q:それでなんですね。“ なぜ、ナチスの演説なんて信じたのだろう” “なぜ、あんな
教祖の説教なんかを信じるのだろう” というようなことが起こるのは。

A:だからなんですよ。タオサンガに、“ 人のたましいは支配されたり、指示されることによっては成長しない” という信念があるのは。

Q:そうだったんですか。

A:私たちが、通常の修行的な集まりに見られるような、指示的な上下関係とは異なるあり方を目指しています。

Q:はい。

A:もっとも、自己自身の道を見出すというのは、自分に厳しくしてこそ、成り立つことですが。

Q:それもそうですね。

A:その上で、私たちは、年齢や社会的地位などによる上下の別を作らないようにしているんです。そして共感的で、温かい修行の空間をクリエイトしています。楽しい修行コミュニティを創ることは可能なんです。

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