新年号 番外編 心の輝きこそが理想の未来を実現する(1)

住職に聴く!

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。
喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

プロフィール

遠藤 喨及 東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください

0

 

遠藤喨及プロフィール

東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。

1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。

また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。
 

temple11
 

 

遠藤喨及、最新ブログ記事 http://endo-ryokyu.com/wp/


 

チャリティックス(Chari-TX)
                                    
住職が20代前半から開発して来たミリタリー戦略ゲーム。
                                    
先代の任天堂社長には、「ファミコンが出る前だったら、相当ヒットしただろう」
と言われ、将棋のプロ養成所にいた人をも「極めて奥が深いゲーム」とうならせている。
                                    
一方、バングラデッシュのいくつかの小学校では、校長先生自らの肝入りで、
課外授業として定期的にチャリティックスをやっていくことを決定したばかり。
                                    
現在、ゲームSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)として立ち上げるべく、
急ピッチで水面下でのシステム開発が進められている。
                                 


 

心の輝きこそが理想の未来を実現する(1)


-考案者が語る、仏教とチャリティックス・ゲームの意外な関係-

 

第1章 「戦争と平和」は、いかに反転融合するか?

 

孤独な人を無くしたい

--住職は、二十歳代の前半に自ら考案された、チャリティックスという
戦略ゲームをライフワークとして開発製作して来られました。任天堂の
先代社長に見せたら、「ファミコンが出る前だったら、ずい分と流行った
だろう」と言われたと聞いています。その上、ボード・ゲームを製作販売
している別のゲーム会社(子会社?)を紹介してくれる、とも言われたそう
ですね。

住職:ちょっと縁があったので、僕が考案したゲームを先代社長を通じて
任天堂の開発部に見せたら、けっこう評価されたらしいのです。ただ僕は、
製品としてデパートや玩具店で売っているだけでは、自分の意図している
ことと、ちょっと違うような気がしたんです。それで結局、紹介してもらい
ませんでした。自費出版して、おもちゃ屋さんで売っていたりしていたん
ですが。

--そうだったんですか、、、。

住職:実は、孤独な人を無くしたいというのは、僕の大きな願いのひとつ
なんです。恐らく僕としては、単に商品を売ることで終わらせるのではなく、
それ以上のことを為したかったのではないかと思います。

--昨年、ボードゲームを再販し、現在はコンピューター対戦やオンライン
対戦も可能になっていますよね。

住職:チャリティックスによって人と人がつながり、人々がリアルでも
友だちになっていけるような、対戦ゲームを通じたSNS(ソーシャル・ネット
ワーク・サービス)を提供したいと思っているんです。オンラインは、
今まだテストプレイの段階ですが、このゲームが持つ思想や可能性を直感的に
理解された、先駆的な開発者やアーティスト、またコアなプレイヤーの
方々と、一緒に水面下でいろいろ準備を進めているところです。

--へぇー。

住職:“人と人が友だちになって仲良くなって欲しい”という願いと志を
持っている方々が、プレイヤーとしてチャリティックスを広める努力を
して下さっているのです。そのことに対して、僕は心からうれしく思い、
大変感謝しています。


少年時代のダライラマも戦争ゲームが好きだった

--実は私、「どうしてお寺の住職が、戦略ゲームなんて考案したんだろう」
って、最初は疑問を持っていたんですよ。

住職:ははは。「坊さんなら、戦争なんて野蛮なテーマでなく、もうちょっ
と 平和的なゲームを考えればいいじゃないか」というわけですね。

--ええ、まあ、、、(汗)

住職:最近は、すっかり、なくなりましたけど、以前はよくそんな質問を
受けましたねぇ。

--ああ、やっぱり、、、。

住職:ルール研究のために、友人と飲み屋で試験プレイしていたら、 偶然
そこに来ていた、酔った知り合いの西洋人の女の子に、「そんなゲームを
作るなんて、、、。 あんた恥を知りなさい!」なんて言われちゃったこと
もありましたからね。 ははは。

--そうなんですか、、、。

住職:あらゆる創造行為は、無意識の発露ですが、僕は、なぜこのゲームに
膨大な時間とエネルギーを費やして創り続けてきたのか、自分にもよく
わからなかったんです。これについては、ずっと長い間、言語化 できなかっ
たんです。

--発明家は、今までなかったものを創るわけですし、自分でも動機が
わからなかったりするんでしょうね。また、出来上がって普及するまでは、
ほとんどの人に理解されないでしょうし、、。

住職:ただ、面白かったのは、別のオーストラリア人の女の子が言ったこと
です。それは、「ダライラマの自伝に、”子どものころ、戦争ゲームを 創っ
て遊ぶのが好きだった”という下りがあったから、私、何となくわかるわ」
というものです。

--へぇー。そうなんですか。

住職:僕らが修行している念仏三昧は、ダライラマと同じ大乗仏教ですから、
空の哲学が基本です。

--それは、一般の人にわかりやすく言うと、どういうものなんですか?

住職: 例えば、物と心、主観と客観とか、一見相反する真逆のものが、
根源においては1つであるとか、相反するものを同一として観る、と
いうことです。

--ふぅーん、、、。

住職:だから、煩悩即菩提(煩悩がそのまま悟りだ)なんていう言葉も
あります。あっ、常識とは逆だから、わかりやすくならないですね。

--うーん、、、。


戦争から平和への反転がテーマのゲーム

住職:ところで、戦争というのは、人類最悪の蛮行ですよね。そもそも、
殺されたい人も、見も知らない相手を殺したいという人も、普通はいません。

--そうですね。

住職:殺人は、あらゆる国家で犯罪とされています。それなのに、殺人を
国民に実行させるのが戦争(と死刑制度)で、これは矛盾以外何ものでも
ありません。

--なるほど~。

住職:ところで、先に述べたように大乗仏教の基本は、あらゆる相対を
超えた「空なるもの」です。

--相反するものが融合するということですね。

住職:実は、仏教の修行にはまり出してから、僕はこのゲームを創り始め
たんです。

--そうだったんですか。

住職:それで、、、僕の無意識は、このゲームで、戦争と平和という相反
するテーマを反転・融合させたかったのではないかと、、、。まあ今になっ
てみれば、思うんですよね。

--もしかしたら、ダライラマが子どもの頃、戦争ゲームで遊んでいたと
いう のも、それかも知れませんね。

住職:ははは。だったら面白いですけどね。そういえば、ダライラマの
親戚と 2、3日ネパールを一緒に旅したことがあったんですが、ダライ
ラマって、 ずいぶん楽しい人らしいですよ。

--写真を見ると、そんな感じですね。

住職:ところで、国家の宣戦布告文って、国交断絶の宣言から始まる
でしょう。

--はい。

住職:対話することをやめて、戦争という暴力の応酬をしてしまうのです。

--そうですね。

住職:しかし大乗仏教の哲理から言うと、あらゆる相反するものは、根源に
おいて同一です。また「陰極まって陽となる」という言葉があるように、
相反するものこそ、反転し得るし融合が可能なんです。

--ということは?

住職:「戦争という最低の暴力的で非対話的なことをテーマにしたゲーム
こそ、平和を創る高度なコミュニケーション・ツール」となり得る可能性
があるのではないか、ということです。

--なるほど~。


将棋とチェスの原型も仏教僧侶が考案した

住職:将棋とチェスの原型も、古代インドで生まれた、チャトランガと
いう 戦争ゲームで、6~7世紀に発達したそうです。高僧が考案して、
戦争好きの 王様に、戦争を止めさせるために献上したのが、その始まり
とされています。

--へぇー、将棋(とチェス)の原型も、仏教僧侶が考案したものだっ
たんですか。戦争を平和に反転させるためだったんでしょうか。

住職:仏教僧侶が考案者なら、無意識の中にそのような動きがあったことは、
想像に難くありませんねぇ、、、戦争を止めることが目的だったし。

--将棋が盛んになったのは、平和が何百年も続いていた江戸時代らしい
ですね。

住職:その頃は、夕方になると、道端で将棋を指す人をみんなで取り囲んで、
ワイワイと楽しくやっていたみたいですね。

--なんとも、平和的な光景ですねー。でも、戦争をテーマにしたゲームで
遊ぶことと、世の中の平和は、一体どうシンクロするんでしょうか?

住職:戦争と平和は、対話するゲームとして遊ばれることで反転融合し
得ますからね。


チャリティックスは心の武道

--ということは、コンピューターの画面上で相手と撃ち合う、シューティ
ング・バトルゲームのようなものでも反転融合するのでしょうか?

住職:ああ、それは無理ですね(笑)。

--あっ、そうなんですか?

住職:戦争と平和との反転融合は、高度な哲学的離れ業ですよ。僕はバトル
シューティング・ゲームを否定するつもりはありませんが、ただ相手と
撃ち合うだけのゲ―ムに、高度な哲学を期待しても、、、それは無理では
ないでしょうか。

--それもそうですね。

住職:というのは、平和は対話から生まれるんです。「戦争から平和への
反転融合」が生まれるには、そのゲームの対戦者同士が、お互いが繰り
出す戦略を通じて、知的レベルや感情レベル、また無意識レベルで対話
するようなものでなければならないはずです。

--なるほど、反射神経を使って撃ち合うだけのバトルシューティング・
ゲームに、対戦しているお互いが対話するという要素は、ほぼ皆無です
ものね。

住職:将棋もそうなんですが、チャリティックスは、お互いの人生観や
性格を 表現して相手と対話するゲームです。だから、シューティング・
ゲームと、将棋やチャリティックスを同列で論じるのは、腕力を競い合う
ただのケンカと、文化の一翼を担っている「武道」を比較するようなもの
かな、とも思います。

--なるほど、、、(汗)。

住職:もっとも武道にしても、1種の暴力と誤解されていた時期があったし、
今も現に誤解している人たちはいますけどね。

--えっ、そうなんですか?

住職:例えば戦後すぐ、合気道、空手、剣道などすべての武道は、アメリカ
占領軍のGHQによって数年間も禁止されていたんですよ。武道が日本の軍国
主義化の1因となったとされたんですね。また、「エホバの証人」は武道を
暴力とみなして、信者の子どもたちに、決して柔道や剣道などの授業を
受けさせないんです。合気道 などは「世界平和をもたらすことが目的だ」
と、初期の段階から創始者の 植芝盛平師がはっきり書いているのに、、、。

※エホバの証人/子どもの輸血拒否して死亡させたことで有名になった、
キリスト教系の新宗教(もっとも輸血については、生理食塩水で十分だ
という医学者の説もある。しかし、エホバの証人は、医学的な考えのもと
に子どもの輸血を拒否したのではなく、単に彼らの教義にしたがったまで
のことである)。エホバの証人をカルト教団と認識している人も多い。

--武道の奥にある精神性を観ないで、表面だけを見るからなんでしょう
ねぇ、、、。

住職:まあ合気道にしても、「戦場で刀を落としたとき、いかに闘うか」
ということから生まれた技なので、もともとは戦争のための訓練だった
わけですよ。

--それが世界平和を目的とした武道になったのですね。 

住職:これもまた、戦争から平和への反転と融合の1例と言えるでしょうね。

--うーん、なるほど~。 

住職:武道も、GHQやエホバの証人などにとっては、ただの戦闘訓練にしか
見えなかったわけです。チャリティックスも、表面だけを観ている人には、
単に戦争をテーマにして遊ぶゲームにしか見えないかも知れませんね。

--まあ、あるいは、、、。 

住職:武道の持つ奥深さも、実際に修行してみないとなかなかわからない
ものです。将棋の奥深さにしても、ちょっとルールを教えてもらって、
1、2回やってみただけではわからない。チャリティックスも、ある程度、
何回かやってみないと、これの持つ奥深さはわかりません。ただ、将棋の
奥深さを理解することに比べたら、チャリティックスが内在している奥深さ
の方が、より早く理解できるとは思います。

--元来は戦争の訓練だった武道が、平和目的の文化へ反転融合したと
いうことは、武道とチャリティックス、また将棋には、何らかの共通性が
あるのでしょうか。

住職:共通性は、闘いを超える「道」にあるといえるでしょうか。武道の目的が
気の鍛錬にあるからこそ、これが文化の一翼を担うことになったのですが、
将棋は、判断力や読み合いの鍛錬となりますから、“知の武道”と言えます。
一方、チャリティックスは、戦略眼と直感を磨く“心の武道”と考えて頂いても
良いと思います。

--そうか、気の武道、知の武道、心の武道と考えたら、三者の共通性が
わかり易いですね。一般でも将棋を、頭脳のスポーツと言ったりします
ものね。

住職:孔子を始祖とする儒教の必修課目には、「将棋」が入っていたそう
です。孔子は弟子たちに、音楽と将棋、また書道と絵画の4つ(琴・棋・
書・画)を学ばせのです。それは、将棋が知の武道であるという認識があっ
たからではないかと思います。


将棋やチェスとの違い

--将棋やチェスとチャリティックスとの違いは、どこにあるのでしょうか?

住職:将棋やチェスは、高度な読み合いの知的なゲームですが、ルールが
難しく、憶える のに時間がかかります。チャリティックスは、足し算と
ジャンケンさえできれば、 誰でも遊べます。チャリティックスのルールは、
ベーシック・バージョンなら、 ものの3分もあれば、ルールを憶えることが
できるほどシンプルです。違いと言えば、表面的にはその辺でしょうか。

--それでもプレイヤーは、「ゲームとしての深さは、将棋に勝るとも
劣らない。」 (あるいはそれ以上)と言うんですよね。

住職:まあたしかに、そんな感じの感想を、将棋のプロ養成所にいた人から
も聞いています。ファイナル・バージョンだと、将棋以上の深さをチャリティッ
クスに感じるプレイヤーもいますね。

--へぇー。


ゲームが実人生に近くなる

住職:偶然の入る余地がまったくない将棋に対して、チャリティックスはサイコロを使う
ので偶然性の要素が入ります。人が直感的に深さを感じるのはそのためかも知れません。

--偶然性の要素が入ることで深くなるのですか? それはゲーム的には、どんな意味が
あるんでしょうか? 

住職:将棋に比べて、実際の人生により近くなります。

--それは一体、どういうことなんですか?

住職:日本チャンピオン・高山豊希氏のことばを借りることにしましょう。
「まるで人生の壁にぶつかったとき、何を思い、どう行動するのかを問わ
れる ような感じになる、、、ゲーム上で、言わば、人生で決断を迫られる
とき、みたいな状況になるのです」、と。

--ふーん。

住職:ゲームに偶然の要素が入るかどうかは、ゲームとしての寿命に関係
するほど、実は重大な問題なんです。というのは、偶然性がまったく入ら
ないゲームでは、コンピューターが解析することで、いずれは「完全解」
にたどりつく可能性があるからです。


ゲームの寿命と完全解

--えっ、その完全解というのは何なんですか? 

住職:完全解というのは、「どうしたらこのゲームに勝てるかが、完全に
わかってしまう」というものです。そうなると、アンチョコ通りにやる
プレイヤーが、必ず勝つわけ です。必ず勝つとわかっているゲームを
楽しいと感じる人はいません。例えば、 チェッカーや6マスX6マスの
オセロなどは、すでに完全解が出ているそうです。

--そうなんですか、、、。

住職:また、ゲームにおいて偶然性の要素がないと、遅かれ早かれ、コン
ピュー ターの方が人間よりも絶対に強くなってしまいます。コンピュー
ター相手では 絶対勝てないゲームに、人が夢を持つことはできません。
「どんなに、がんばって強くなっても、しょせんコンピューターには勝て
ないんだ」というのが、心の どこかに常について回ってしまいますから。

--将棋やチェスは、どうなんでしょうか?

住職:実は残念ながら、チェスの世界チャンピオンは、すでにコンピュー
ターに負けています。

--そうですか、、、。では、将棋はどうなんですか?

住職:10年ぐらい前までは、「コンピューターが将棋のプロ棋士には
勝つことはない」と、言われていました。でも、すでに今の時点でさえ、
プロ棋士がコン ピューターに負け越すようなことが起きています。この
ため将棋協会では、プロ棋士にコンピューターとの対戦を禁止しよう、と
いう意見があるほどです。

--そうなんですか?

住職:まあそれは、プロとは人に夢を与える存在でなければならないから
ですが、コンピューター対プロ棋士の対戦は、将棋協会にとって、存亡に
関わるほど、重大な問題と認識されているからではないかと思います。

--なるほど、、、。

住職:今後は、量子コンピューターなどが出てきて、ますます解析率が
上がり ます。そうすると、何年後はわかりませんが、いつか将来、将棋の
完全解が出て しまう日が来る可能性はあります。「絶対にできない」と
言われていたことが できるようになって来たのが人間の歴史ですから、
僕はあり得ない話ではないと 思っています。

--、、、そうですね。

住職:チャリティックスのように、偶然性が入ったゲームで完全解は成立
しません。サイコロでどんな目が出るかは、それこそ「神のみぞ知る」で、
そこにコンピューターの出る幕はありませんから。

--なるほど。

住職:かと言って、“ババ抜き”のように、単なる偶然性だけでのゲーム
では、いくら完全解がなくても、人がそこに奥深さを感じたり、真の面白さ
を感じることはありません。

--はい。

住職:チャリティックスを、サイコロを使わない、将棋のような偶然性の
ないゲームとして創ることも可能でした。しかし、現実の人生が、そもそも
必然と偶然によって成り立っています。それに、運試しの要素のない、
あまりにも堅実な人生では、面白みというかリアリティに欠けるでしょう。

--ふふ、そうですね。

住職:チャリティックスに、実際の戦場や人生のような、スリリングさと
リアリティが生まれたのは、偶然性の要素が入っているからだと僕は思って
います。さらに言うと、その結果、将来コンピューターが人間より強く
なったり、完全解が成立することはなくなったのです。すなわち、ゲーム
として寿命が来ることはないという、どんでん返しの効用までが生まれたのです。

--そうか! 


人間の柔軟性と人口頭脳との闘い

住職:ただし将来は、チャリティックスのコンピューターも相当強くなる
はずです。コンピューターに、対戦相手の人間の手筋のデータをインプッ
トしたら、 コンピューターが、その人間の手筋をかなりの確率で予想する
ようになるでしょうし。

--へぇー。

住職:そうなったら、人間がコンピューターと対戦する際は、あたかも別の
人間であるかのように、異なった人生観や性格の自分をイメージしたり装っ
たりして、コンピューターを混乱させて闘う必要が出てくるでしょうね。

--へぇー!

住職:いわば人間の柔軟性と、人口頭脳との闘いになります。もっとも、
実際に そういうことが起きるのは、まだ先の話です。今のところ、チャ
リティックスの コンピューター対戦は、人がルールを憶えるためのツー
ル程度の強さしかありま せんから。

--お聞きしていて、何だかとっても面白いです!将来、人間とコンピュー
ターとの対戦は、人間側が、異なる人生観や性格の自分をイメージする
柔軟性がカギとなるなんて。


人類のテーマに先駆者として取り組んでいる人たち、それが萌え系だ

住職:ちょっと脱線しますけど、いずれ将来は一般社会でも、人口知能を
持ったロボットと、言葉での疑似対話ができるようになる日が来ると思い
ます。感情 まで含めた、真の対話ができるようにはならなくても、かなり
の精度で、疑似的 な会話は可能となるし、それによって、人間がロボット
に愛情を持つというよう なことも起こって来るでしょう。

--へぇー。

住職:現在、現実の女性や男性でなく、二次元のアニメやフィギュアに
対して愛情を抱く、いわゆる”萌え系”と呼ばれる人たちがいますよね。

--はい。

住職:ある意味、彼らは、「将来人類が、ロボットに対してどう愛情を
抱くか」というテーマに、人類を代表して無意識に取り組んでいる、先駆者
たちですよ。

--へぇー、そうなんですか!

住職:日本は鉄腕アトム、鉄人28号、エイトマン、ガンダムなどのロボッ
ト・アニメ発祥の地です。アニメで、ロボットが人間と同じように動き
話すイメージが、実は、現在の日本をして、世界でもっとも進んだロボット
王国にしたんです。

--法話で時おり耳にする、「イメージはすべての源泉だ」というのは、
そういうところにも現れているんですねぇ。

住職:日本に萌え系ファンが多いのは、人間の無意識内でアニメとロボッ
トが 同一のものだからなんですよ。

--そうだったんだぁー!


カギは、極限状況にこそ顕われる人生観の対話

住職:ここで、「戦争と平和の反転融合」という、本来のテーマに話を
戻しますね。先にも言いましたが、対話を暴力に換えることで人々が苦し
むのが戦争です。逆に、お互いの対話を楽しむのが平和ですよね。

--はい。

住職:チャリティックスをやり込むことで、これがお互いの人生観で対話
するゲームになるのは、戦場での戦略をテーマにしているゲームだからだ
と思います。

--それは一体、どういうことなんですか? たしかに、人生観のやり取り
をするようなゲームが、他にあまり見当たらないのは事実ですが。

住職:人間は極限状況になったときにこそ、その人の本質が顕われるもの
でしょう。

--はい。

住職:戦場は、ある意味極限状況です。だから、その時にどう動くか、
戦略的に どんな手を打つか、どれを犠牲にしてどれを生かすか等々の
大局的な判断は、 各人の無意識や人生観が露に出ると思うんです。しかも
チャリティックスをしているときのプレイヤーは、戦略全体を観て、兵士を
死地に赴かせる司令官と、 戦場という極限状況にいる兵士との1人2役を、
無意識の中で演じることになるのです。

--へぇー! 無意識の中では、司令官と兵士のどちらにもなるんですね。

住職:戦場以外の極限状況といえば、飛行機、船などの事故や、地震や津波
などの自然災害ですが、人間相手で起きることではありません。だから、
それらをモチーフにしても、人間同士の対話ゲームとしては成立しないん
です。したがって、お互いの人生観が露になる、極限状況が設定されたゲー
ムである ならば、それは人間相手の戦場をモチーフにしたものでなければ
ならないんです。

--なるほどねぇ、、、。

住職:チャリティックスの特徴は、「戦略性と偶然性の融合」であり、
高山氏が言われるように「人生上の 決断を迫られるのと同じ心境になる
」ことです。さらには、「戦場という極限状況の中で、 司令官と兵士という
1人2役を演じる(無意識の中で)」ことにもあるのです。

--その3つは、他のゲームにはない、チャリティックスだけが持つ特徴
なんですね。

住職:これらによってチャリティックスは、盤上にお互いの人生観が表現
され、その対話を楽しむゲームになったと思います。ゲームによる“戦争と
平和の反転融合”は、ここに成立するのです。チャリティックスの創作に
おいては、大乗仏教が説く「真逆のものこそ、反転融合する」という、
宇宙の真理が働いたような気がしています。

--そうかあ!  

―続く―

 

かつて旅したインドでもチャリTXのボードを囲んでみんな夢中                <かつて訪れたインドで。ここでもインドの人たちとチャリTXのボードを囲んだ>

View all posts in this series
Comments are closed.