心の輝きこそが理想の未来を実現する ―チャリティックス篇(6)―

住職に聴く!

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。
喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

プロフィール

遠藤 喨及 東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください

 

チャリティックス(Chari-TX)

住職が20代前半から開発して来たミリタリー戦略ゲーム。

先代の任天堂社長には、「ファミコンが出る前だったら、相当ヒットした
だろう」と言わせ、また将棋のプロ養成所にいた人を、「極めて奥が深い
ゲーム!」とうならせた。

バングラデッシュのいくつかの小学校では、定期的な課外授業としてチャリ
ティックスを取り入れることを決定。

現在、ゲームSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)として立ち上げる
べく、急ピッチで水面下でのシステム開発が進められている。

チャリティックスHPhttp://chari-tx.com/index.html


chariTX


― チャリティックスに霊的価値はあるのか? ―

“正しいこと”の居心地悪さはどこから?

--前回、住職がおっしゃって下さったことは、私がこれまで、
もやもやと感じていたことを、言語化してくださったように思い
ました。

住職:どういうところがですか?

--「他に別の目的、(例えば「世界の平和のため」とか)があって、
そのことを主にフォーカスしているのだったら、「逆に平和的な暖かさ
やユーモアなどのコミュニケーションは生まれない」というところです。

住職:ああ、あれね。

--これは、いろんなところで出くわすのですが、、、「世界平和!」
とかの旗印が全面に押し出されていると、何だか私は、妙に居心地が
悪くなってしまうんです。その場から逃げ出したくなったりして。

住職:ははは。まあ、それはそうでしょうね。

--そういうポジティブな願いが強く心の中にある、ということ自体は
素晴らしいと思うんです。でも、それが目的になったとたん、何だか
そこに恐怖を感じるんです。妙に落ち着かないというか、いたたまれない
というか、、。

住職:いやー、なにせ正義の旗印を掲げた人たちに会うと、
何だか、”自分の人間性が品定めされているような”気がしちゃったり
することってありますもんね。

--きっと、それが落ち着かない気持にさせるんでしょうね。でも、
正しいこと言っているから反論しようがないですし、、、。ただ、
何ていうか、私あまり楽しめないんです。

住職:はい、よくわかります。

--これって、自分のポジティブさをアピールしている人と共通するもの
があるような気がするんですが、、、。

住職:ははは。まあたしかに、、、。そういうのって、ちょっとシンドイ
というか、、、。 でもそのことを指摘するのって、「王様は裸だ!」って
いうぐらい勇気が要りますよね。文句のつけようがないし。

--そういう時の居心地の悪さって、。一体どこからくるんでしょうか?
私は、自分が素直じゃないのかな? なんて思ったりしていたんですが…。

人生の価値は自由にある

住職:人の心の中には、正義(ジャスティス)と不正義(アン・ジャ
スティス)、あるいは肯定(ポジティブ)と否定(ネガティブ)などの
両面が内在しています。これは生と死があるように、人として生まれた
以上は避けられないものなんです。

--どうして人は、そのように創られているのでしょうか?

住職:一つには、人として存在することの価値は、「自由であること」に
あるからです。考えてもみてください。もし人が、正義しか行えないよう
にプログラムされていたとしたら? 善を選ぶ以外の選択肢が与えられて
いないとしたら? 人とロボットに、どういう違いがあるというのでしょう?

--それもそうですね、、、。

住職:人には、 ジャスティス(正義)に生きるか、アン・ジャスティ
ス(不正義)に生きるか。そのどちらかを選ぶ自由が与えられています。

--はい。

住職:という事は、その両方を心の中に持っているということです。
そして不正義を選ばずに正義を選ぶ。この自ら選ぶということに意味が
あるのです。自らの意志で選んだ正義だからこそ、価値があるわけで。

--そうかぁ、、、。

住職:もし正義しか選べなかったとしたら、それは正義とは言いません。
というまたそれに、どれほどの価値があるというのでしょう?

--それは、以前のお話に出た、「困難を克服すること自体が成功である。
何の困難もなく、ただ成功という結果だけを与えられたら、そこに人生の
価値は見出し得ない。」に通じるものがありますね。

ポジティブな力があればネガティブな力もある

住職:タオ指圧で人の症状を治す力がついてくると、人の身体に症状を
作ることもできるようになるんです。それで、以前の体験講習で、参加者
の身体にその場で症状を作り、その後、症状を施術で取る、というデモン
ストレーションをやっていたことがあります。

--“その場で症状作って治す”というのは、医学道の日本社から出版
されているDVD(<気と経絡>タオ指圧)でもされていましたね。DVDに
付いている冊子に書いてあったのを読みました。

住職:あっ、そうそう。

--人の身体に症状すら作ることができる力を持つなんて、なんだか恐い
気がします。住職は、そんなことないですか?

住職:ポジティブとネガティブは表裏一体なので、ポジティブな力が
つけば、当然ネガティブな力もつきます。イエスがオリーブの木に呪い
をかけて枯らしてしまった、という下りが、聖書にあります。そういう、
イエスの駄々っ子みたいなところって、けっこう僕は好きなんですが、、、。
まあ、あれほどの癒し力があったイエスですから、そんなことは朝飯前
だったことでしょう。

--なるほど。

住職:これは人間社会でも同じです。ポジション的に上がれば、人に対
してよりポジティブな力を振るって、人を幸せな気持ちにすることができ
ます。逆にネガティブな力を振って、人を不幸にすることもできます。

--はい。

住職:親は子どもに無条件の愛を注ぐことで、子どもを幸福にすることが
できる。逆に「あんたはダメ!」と否定的なことばかり言って、苦しみを
与えることもできます。

--はい、、、。

住職:人類は、自らが発達した科学技術力によって、砂漠を緑に変えたり、
飢餓や貧困を無くすことが可能です。でも今は逆に、その科学技術力に
よって戦争を起こしたり、環境破壊で人を苦しめています。

--そうですね。

「神と悪魔は、無意識内においては一体である」(ユング)

住職:人間の心の中にあるポジティブとネガティブは、無意識の内奥に
入れば表裏一体で、一つのものとして認識されます。だから、スイスの
分析心理学者カール・ユングは、”神と悪魔が無意識においては一体で
ある”、と述べたのです。

--ポジティブとネガティブは、無意識内では一体のもの、、、。

住職:はい。それが意識に上ってくる時に、相対として、ポジティ
ブ/ネガティブに分かれるのです。

--そうだったんですね~。

住職:一体のままだったら、ポジティブもネガティブも認識できません。
相対として分かれるから認識できるんです。

-- 、、、それもそうですね。

住職:それに、右がなければ左がないように、ネガティブが存在しなかっ
たら、ポジティブも存在しないんです。人間界はそのような構造になっ
ていますから。

--陰と陽は根源においては一体だし、光があるからこそ影ができる。
そして、影があるからこそ光が認識できる、というわけですね。

住職:ネガティブとポジティブの両方が与えられている私たちには、その
どちらかを選ぶという自由 が与えられています。「自ら」選ぶところに、
人生の意味があるのです。

--わかります。

内在するネガティビティを認識するのが智慧

住職:これもまた、「気の幸福力」(法蔵館)に書いたことですが、
ネガティビティが自分の中に内在しているからこそ、ネガティブな
人の気持ちが理解できるのです。

--はい。

住職:ネガティビティは、なんのために内在しているのか? それは、
人のネガティブな気持ちを理解するためで、だから仏教でも、「仏の
心の中にすら、地獄から浄土の世界に至るまでの十の世界がある(十心十界)」
と説いています。

--はい。

住職:地蔵菩薩は、地獄に行った人を救う菩薩さまです。地蔵菩薩が
地獄の人を救うことができるのは、地獄に堕ちる人の気持が共感的に
理解できるからです。それは、自らの内にも地獄に堕ちる心があることを
認識する智慧によってこそ、為し得るんです。

--はい、、、。

 

住職:刑務所に入ってる人に対して、「もう犯罪なんて、悪いことは
やめなさい」とか、「もっとポジティブに生きなさい」なんて説教した
ところで、何の意味もありません。そんなことは、誰だって百も承知なん
だから。でももし、犯罪を犯さざるを得なかった自分の心のつらさに共感
され、これが理解されるならば、その人の心も変わり得るんです。
なぜなら、「理解された」と感じることは、「愛された」と感じること
だからです。

--なるほど、、、。

住職:自己に内在する地獄(ネガティビティ)を認識することができる
のは、智慧の働きです。また、悪を犯さざるを得なかった他の人のつらさ
や苦しみに共感し、これを理解することは、菩薩の慈悲なんです。
このために、誰の心にも、十界すべての心が内在しているのです。

--そう考えると、ありがたいことですね。

住職:自分の中にあるネガティビティを認識しないと、ネガティブな人の
気持ちがわからないだけではありません。ネガティブな行動をする人の
気持ちを無視する、あるいは無意識に断罪する、という風に心が動いて
しまうのです。

--それはまた、どうしてなんでしょう?

住職:自分の内に潜むネガティビティが刺激されるからですね。無意識に
フタをして見ないようにするんです。エゴは、自らのネガティビティを
認識することを嫌がりますから。

--それは、以前話しに出た、“チャリティックスは自分の本質が現れる
からイヤだ”、という人の気持と共通するものがあるような気がしますが。

住職:誰だって、自分のことを良い人と思いたいですからね。

--まあ、そうですね。

住職:「内なるネガティビティ」は、人間の自由性、他者に対する共感的
理解、また霊性の向上などの必要性があって、宇宙大霊によって与えられ
ているものです。

--だからすべての人には内在してるんですね。

住職:内なるネガティビティを認識することに対して、完璧にフタをする
ことに成功する人もいます。その場合は、あたかも世界には、悪など存在
しないかのように振る舞ったりします。あるいは、自分にはネガティビティ
など存在しない、という態度になって顕れるかも知れません。

--はい。

住職:もっとも、それでは人生において苦しみと喜びが織りなす、光と
影の持つ意味はわからないでしょう。また、“あるもの”を、“ないもの”
とすることは、心に負担をかけるので、きっと心身が疲れると思います。

なぜポジティブさのアピールが人を居心地悪くするのか?

--もしかしたら、人にポジティブさや幸福をアピールしている、という
のは、そういう場合なんでしょうか? それにしても、ポジティブさを
全面にアピールされると、なぜ居心地が悪いのでしょうか?

住職:本人にしても、居心地が良いわけではないでしょう。「私を見て!
私はこんなにポジティブよ。私はこんなに幸せなのよ」と、人にアピー
ルしなければならないのは、むしろ内面では揺れているのかも知れません。
あるいは、内面の揺れを認識しないためのフタが、アピールとして表れて
いるのかも知れません。

--最近、「Facebookを見ていてイラっとくる瞬間」というアンケート
記事を読んだんです。一番多いのは、“誰かが自分の幸せをアピールして
いる投稿記事”だそうです。

住職:そもそも、外部要因に支えられて成立している幸福は、いつなくなる
かわからない、極めて不安定なものです。またその幸福は、他の人と分かち
合う性質のものでもありません。だから人は、そのような投稿記事を見て、
いいね! ボタンを押しながらも、心のどこかで、ちょっぴり居心地の悪さ
を感じるのではないか、と思います。

--なるほど、、、。

住職:一方、内なる幸福感は、内在する宇宙大霊から湧き上がり、溢れて
くるものです。だから自然に、他の人に対して分かち合うという働きを
為すのです。

--良いですねぇ~。

住職:それは宇宙大霊の大愛が、自分と他人に分けられない存在の根底に
ひそむ世界から湧いて来るものだからです。これは親鸞聖人が、「自然法爾」
と呼ばれた心の状態です。

--はい。

住職:ここから生まれた幸福感は言語化できません。また、人にアピール
できるものでもありません。ただずまいとして、人を気遣う態度として、
また、利他的な言葉や行動によって、ただ「自然法爾」に、他と分かち
合われるものなんです。

--それなら居心地悪くなりようがありませんね。

内なるネガティビティを認識しない平和運動の問題

住職:正義の旗を前面に出している場合なんですが、、、。
通常これは、「正義でない何かに対して行う運動」に伴って出て来るもの
です。もちろん、すべてがそうだとは限りませんが。

--だから、反戦とか反核とか、「反」という名称がつくものが多いん
ですね。まあ最近は、「脱原発」なんて言う表現を使ったりもしています
けど。

住職:そうそう。、、、でもまあ、いずれにしても「平和を!」とか
の旗が掲げられている場合は、その逆のもの(戦争)に対する反対があっ
て、はじめて成立するものです。

--はい。

住職:反戦にしても反原発にしても、もちろんそれは正しいことです。
ただし、戦争や原発を生み出している、攻撃性や金銭欲などのネガティ
ビティは、誰の心にも内在しているものです。

--人類に内在するものが、形として現れている、とも言えるんですね。

住職:自己の内に潜むネガティビティに対して「立ち向かう」という姿勢
が明確にないと、そのネガティビティは外部に投影されます。すると、
攻撃的になってしまうんです。

--それは、ちょっと恐い気がしますが、、、。

住職:“世の中を良くするために「闘う」”という姿勢では、“世の
中を悪くしている相手を断罪する”という気持ちが潜在せざるを得ません。
すると極端な場合は、そのような施設(原発の会社とか、軍事施設とか)
で働いてる人に対して、憎しみの気持ちが起こります。例えば、キリスト
教原理主義が強いアメリカの南部などでは、堕胎手術を行う産婦人科の
医者を殺す、というような事件も珍しくありません。また、そこまで極端に
はならなくても、一緒に運動しない人に対して、上から目線になったり
することなどは、ままあることです。

--その断罪的な空気が、自分の無意識のどこかをノックしたときに、
恐く感じるのかも知れません。

住職:僕は、内なるネガティビティに向き合うという、心の修行を抜きに
した平和運動を行うと、そこに陥る危険があると思っています。

--何となくわかります。

住職:真に立ち向かうべき相手は、内なるネガティビティです。それにも
関わらず、内なるネガティビティを外部のものとして対象化し、敵視して
しまう。でも、それは、少なくとも平和なことではない、と思います。

--そうですね。

住職:もちろん、戦争に反対するの は大事なことです。でも、平和を
求めることと、何かを敵視したりネガティブな気持ちになったりすること
とは、また別の話だと思うんですよ。

--そうですね。

物理的な成功や平和が真のゴールではない

--そこで、ちょっと疑問に思うことをお伺いしたいのです。
番外篇(4)でおっしゃっていた、「はじめにゴール(成功)のイメージ
ありき」ということから考えると、「世界平和」をゴールとしてイメージ
する、というのはどうなるんですか?
“世界平和が全面に出ていると怖い”というのは、成功哲学からは、
はずれているのでしょうか?

住職:ああ、あの成功哲学にしても、本当はもっと続きがある
んですよ。

--えっ、そうなんですか?

住職:だって、物理的に成功することが本当のゴールではないでしょう?
成功することの本当の目的やゴールは何ですか? 成功によって得られ
る達成感や、人に貢献しているという満足感。あるいは、自分で自分の
価値を認めることができる、という安心感。また、人に与えることができ
るという、豊かな「感情」などではないでしょうか。

--そうですね。

住職:だから成功をイメージする際には、物理的な成功よりも、むしろ
成功した時の気持ちや感情を、自分の心の中に抱き続けることが大切なん
です。

--はい。

住職:結婚相手を得たいと思う人ならば、すでに温かい家庭を営んでいる
かのような、くつろぎや喜びの感情を抱いていると良いのです。一回に
数分ずつでも良いから、日に何度かゆったりと、持続的にそう
感じるようにするのです。

--なるほど~。

住職:そして、そうした状況に対する感謝や、宇宙大霊に対する讃嘆の
気持ちを持つのです。実はそのような心の状態が、自分が未来にこうあり
たいと望んでいる、外的な状況を生み出すんです。宇宙の全てが、心を
原因として現象しているのですから。

--はい、、、。

住職:だから、“チャリティクスは世界の平和を目指す”、といっても、
その最終ゴールは、単なる物理的な平和にあるのではありません。平和に
よって生じる、暖かくユーモア溢れる人と人のつながりや、子供のような
心で遊ぶ、相互の関係性なんです。そこから生まれる“平和な気持”こそ
が、真の平和と呼ぶべきものだからです。

--全くその通りですね。

平和の成功哲学

住職:先に、“物理的な成功によって生まれる、感謝の気持ちや感情が、
成功という物理的な外部の状況を創る”と述べました。

--はい。

住職:実は、チャリティックスがもたらす平和も、これと同じ法則によっ
て為されていくんです。そもそも、プレーヤーたちが子供のように無邪
気にゲーム自体を楽しむことで、すでに心の中では平和な感情や、ユーモ
ア溢れる温かいコミニュケーションが生まれています。

--そうですね。

住職:番外篇の(4)に出て来た、「はじめにゴールありき」のエッセ
ンスは心の状態なんです。だから、プレイヤーたちがチャリティクスを
楽しみ、平和な感情を抱くことが重要なんです。未来における物理的な
状態は、現在の心の状態に自然に付随して来るのが、宇宙の法則なんです
から。

--世界の平和は、物理的次元でのみ捉えることでも、大上段に構える
ものでもない、ということなんですね。みんなで和気あいあいと、子ども
のようなコミュニケーションを楽しむこと自体が平和だし、、、それが
未来には、物理的な現象としても付随して来るということなんですね。

チャリティクスが戦争ゲームであることの意味とは?

住職:僕は、チャリテイックスが戦争ゲームであることには、大きな意味
があると思っているんですよ。

--そうなんですか?

住職:ネガティブなものは否定すべきものではなく、むしろユーモアで
包んで反転させるべきものだからです。人類にとって最もネガティブな
ものが戦争です。しかし宇宙の一切は、心によって現象化しています。
ならば、戦争もネガティブな心が現象化したものと考えなければなりま
せん。

 

--それも、そうですね。

住職:戦争を、単に物質的現象としてのみ捉えていては、戦争の本質は
いつまでもわからないと思います。また、戦争と平和という対立的概念
からも抜けられません。対立概念がある限りは、心と物質など、あらゆる
相対の根底は一つである、という、大乗仏教のエッセンスもわかりません。
またどうしても、“ネガティブなものに対して闘う”という態度になって
しまいます。

--“平和のために「闘う」”という言葉は、それを表しているんですね。
私は、その戦闘的な空気を“恐い”と感じていたのだと思います。

住職:その上、“自分たちのやっていることは特別ですぅ”みたいな、
自分に酔っている空気でも匂えば、居たたまれないような気持ちになる
のも、無理はないと思います。

--自分が素直じゃない、というわけでもなかったんですね。

住職:モノと心を分け、戦争を物質的な面からしか見ていないと、チャ
リティクスに対しても、モノ的な観点からしか認識しないんです。すると
単なる、「戦車などの武器をコマにして遊ぶゲーム」としか見えません。
それで、“戦争ゲームなんて、けしからん! 子どもにやらせたらいかん!
しかも萌え系なんて、ますますダメ!”、と思ってしまうんですね。

--奥にある深いメッセージが理解されないと、残念ですね。

チャリティックスの持つスピリチュアルな側面

住職:現在、戦争を起こしている人たち(戦場に行かされる兵士ではなく)
の背後では、悪霊が笑っていることでしょう。でも、チャリティックスを
囲んで和気あいあいやっている人たちの上では、天人の方々が喜び踊って
いることでしょう。

--へぇー、そうなんですか?

住職:無色界(現象を超えた世界)にいらっしゃる天上界の方々は、
チャリティックスを物質的になんか観ませんからね。

--心で観たら、戦争とチャリティックスは、霊的にも全く別のものなん
ですね。どうして天人の方々は、チャリティクスをプレイしている上で
喜び踊っていらっしゃるんですか?

住職:「笑う角には福来たる」っていうでしょう? あれは、“みんなが
楽しく笑っているところには、天上界の神々が喜んで降りて来て福を授け
て下さる”という意味なんですよね。

--チャリティクス大会のほのぼのとした、あの温かい空気は、天上界の
方々が出されている雰囲気なんでしょうか?

住職:大会では、みんなが責任を持って、温かくユーモアある場を創って
います。だから、天上界の神々も喜んで来て下さる、ということではない
でしょうか?

--なるほど~。

ネガティブは光を輝かせるための宝

住職:世界が物質のみによって成り立っているという、世間一般に流通
している思い込みは、支配的でネガティブな(魔的な)勢力が、人類を
覚醒させないようにするためにかけている、チャチな洗脳に過ぎないん
ですよ。

--そうだったんだー、、、。

住職:だから戦争にしても、単に物質的にのみ捉えてはならないんです。
先にも言いましたけど、物質的にのみ捉えていては、「平和のために
“闘う”」という空気が生まれることは、どうしても避けられません。

--たしかに、そうでしょうね。

住職:その場合、実際に闘う対象が誰になるかと言えば、それはネガティ
ブな勢力に使われている、単なる末端に過ぎない人間なんです。でも実は、
それこそ背後にいるネガティブな存在が、人類にさせようとしていること
なんですよ。彼らは人と人を対立させて、闘わせたいのですから。

--なるほど~。

住職:シュタイナーも言っていますが(注)、戦争と平和は、物理的な
側面のみを観るのではなく、自らに内在する心の動きの現れとしても
捉えるべきなんです。そうすれば相反する心を、ゲームによって象徴的
に反転させる、チャリティックスの意義が理解できると思います。

※注:シュタイナーはその著、「悪の秘儀」の中で、“物質的な
人類の中に存在するものを手がかりに、この戦争を説明することは
不可能である”と述べている。

--なるほど!

住職:戦争を生み出すのは、ネガティブな勢力のエネルギー
に呼応してしまう、私たち人類一人一人に内在する
ネガティビティです。これこそゲーム・チャリテイックスで、
ユーモアを持って包み、平和へと反転させるべきものな
んです。ネガティブこそ、ポジティブを輝かせるための「宝」
になり得るんですから。

― 続く ―

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