住職に聞く!第十三回 人生の真実を求めて

住職に聴く!

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。
喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

プロフィール

遠藤 喨及 東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ

喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。

一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?


遠藤喨及住職

住職 遠藤 喨及(えんどう りょうきゅう)

プロフィール

18歳の頃、音楽演奏中の神秘体験をきっかけに、念仏三昧の行を始める。 1991年、中央仏教学院専修課程(通信)卒業後の三年後、浄土宗にて伝宗伝戒を 受ける。またこの頃より、世界各地でタオ指圧や念仏ワークショップを行ない、その足跡 が、世界八か国の念仏サンガとなる。2007年、和田寺の住職に就任。音楽家としては、五枚のCDをミディレコードより発表。テレビ、ラジオでオンエアーされている。また、「気心道」(だいわ文庫)など、数冊の著書がある。


 

 


第十三回

 

 

――前回お話し頂いたことのーつは、当時通っていらした念仏道場の
人間関係のしがらみから、何とか自由になる方法はないかと、一生懸
命考えていらしたことについてでした。

 

住職:はい、私が道場から逃げようと思ったのは、放浪の人生を送る
ためには、一カ所に縛られているわけにはいかなかったからです。
それに、二度と帰らない旅に出て行く状況作りのための算段は、
いろいろとしていました。前に申し上げたように、指圧学校に入学
したのもそのためだったし、悲壮な覚悟でバイオリンの練習を始め
たのもそのためでした。

 

――どうしてバイオリンだったんですか?

 

住職:持ち運びが可能で、独りで演奏できる楽器だからです。
バイオリンを抱えて、ジプシーみたいに旅しながら路上で演奏しよう、と。

 

――どうして悲壮な覚悟だったんですか?

 

住職:習いに行こうとしても、二十歳からバイオリンを始めるのは
無理だと、方々で言われたり、入門を断られたりしまして、、、。
それでも、引き受けてくれる先生を何とか見つけて、指圧学校に通いな
がら、1日4時間は練習していました。それで1年ぐらい努力したら、
何とか即興でも弾けるようになったんです。

 

――「気心道」(だいわ文庫)に掲載されている写真は、その頃のもの
だったんですね。

 

住職:そうです。また当時は、今と違って、路上で演奏するミュージシャン
なんかほとんどいなかったんです。それで、清和荘(有名だった東京
三大ボロ・アパートのひとつ)に住んでいる西洋人ヒッピーと一緒に、新宿の
路上でバイオリンを演奏したら、すぐに人が集まりましたね。写真は
路上演奏した時のものです。

 

――その他、修行や教えに対して抱いた疑問についても、お話しいた
だきましたよね。

 

住職:はい。放浪人生の準備を進める一方で、人生の真実は何か?
とかの考えを拭いさることはできませんでした。心理学や仏教書など
の本もよく読んでいました。そして、それを解決する手段は、悟りを
求める修行でしかないことも、心の奥底では認識していました。

 

――音楽演奏での神秘体験で芽生えた、悟りを求める心や、修行まで
放棄するおつもりはなかったということなのですね?

 

住職:はい。また、だからこそです。逆に、そこでの修行や教えに対する
疑問も生まれたのではないかと思うのです。

 

――なるほど、道場の人間関係から自由になり、二度と帰らない旅に
出る方法を考えていたとお聞きすると、住職にとって修行や真理探究は、
二の次だったのかなと、つい思ってしまいました。
しかし、全くそうではなかったのですね。

 

住職:それは、当時の自分にとって、放浪者の最高のヒーローは一遍上人で、
近しく思っている放浪人は山頭火ですから、、、。

 

――一遍上人は、生涯放浪しながら、踊り念仏をしながら念仏を広めた
方ですね。前から思っていたんですが、一遍は、一回という意味ですか?

 

住職:はい。で、なぜ一遍という名前だったかと言うと、「南無阿弥陀仏」
と書かれた札を配って歩くんです。
その札を受け取った人は、“なむあみだぶつ”と一遍(一回)は読むこと
になります。そしてその時の一遍の念仏で、お札を読んだ人が、お浄土に
救われるからだそうです。

 

――面白いですね。

 

住職:60万人に札を配るつもりで、裏に「決定往生60万人」と書か
れてあったそうです。そして生涯かけて、約46万人に配られたそうです。

 

――盆踊りの元は、踊り念仏だったと聞いたことがありますが。

 

住職:はい。それで当時の踊り念仏は、二階の床が抜け落ちるほど、
多くの人が激しく踊ったりもしたようです。“一遍上人の一行の念仏
踊りで二階が抜け落ちたけど、尊い一遍上人の足跡だから、そのまま
に残しておく”なんていう記述が、どこかに残っているそうですから。

 

――なんだか、今のRAVE(レイブ)みたいですね。
(注:RAVEとは、ビートの激しい音楽でトランス状態になって朝まで踊り
続ける集まりのこと)

 

住職:当時は、ずいぶんと批判もされたと思います。“一体何のために
踊るんだ?”なんて他の僧侶に質問されて、“弥陀の救いに与ることが
できた喜びに、手は舞い足を踏むところが知らないから”と答えたりし
ています。

 

――住職は、一遍上人のどのような所に惹かれたんですか?

 

住職:一遍上人の素晴らしいところは、すべてを捨て去るという潔さです。
“身も捨て命も捨て、浄土を願う心も地獄を恐れる心も捨てて念仏するんだ。
そして、山河草木、吹く風までもすべてが念仏なんだ”、と詩っています。

 

――うーん。かっこいいですね。それから、他の放浪人で住職が近しく感じ
られていたのが、山頭火でしたね。

 

住職:はい。何と言っても山頭火は、ダメ人間ですから。(笑)

 

――(笑)

 

住職:彼は若い頃、酒に酔って線路に立ちはだかり、市電を止めてし
まったんです。それで、寸でのところで人々の袋叩きに遭うところを、
寺に連れていかれ、そのまま僧侶になってしまった人です。

 

――珍しい僧侶のなりかたですね。

 

住職:もともと酒造りの家だったんですが、お父さんは酒で社会生活
がダメになり家業が傾きます。その後、山頭火自身も酒ばかり飲んで、
結局家業を潰し、結婚生活も破たんします。

 

――そうだったんですか、、、。

 

住職:おそらく根っこにある原因は、お母さんが、不倫相手と井戸に飛
び込んで自殺したことでしょう。まだ子供だった山頭火は、遺体が引き
上げられるところを見てしまったらしいんですね。

 

――お父さんは、そのショックで酒浸りになったんですね。また、山頭火も、、。

 

住職:出家はしたものの、酒もやめられず、結局、全国を放浪しながら
自由俳句を創って歩くんですが、常にお母さんの位牌を持ち歩いていた
そうです。

 

――俳人としては有名な山頭火ですが、何だか切ない話ですね。

 

住職:行く先々の寺で読経しては、お母さんの供養をしていた
ようです。

 

――当時通っていらした道場での修行も、“一切のたましいの救いを
祈願しながら念仏する”というものでしたね。ところでこれは、伝統的
な浄土門の修行とは 少しスタイルが違うと聞いていますが。

 

住職:はい、違います。しかし、一切衆生の救いを祈願するというのは、
大乗仏教の基本的なスタンスです。「生きとし生けるものは限りがな
いから、誓って救うことを願う(衆生無辺誓願度)」は、どの宗派でも
基本的に唱える偈文(詩)です。だからこの祈願自体は、否定的な疑問の入る
余地がないものだとは思います。

 

――ご自身が、道場に通われることで、ずいぶんと心身共に楽になら
れたというお話しもお聞きしました。

 

住職:はい。その点から言えば、ある意味、自ら念仏の霊的効果の実際
を体験したようなものと言えます。だから修行や教えに対する疑問
を持ち、それをぶつけるなんて、言わば、タオ指圧を受けて病気が治って
から、あーだ、こーだと文句たれるようなことかも知れません。

 

――しかしそれでも、疑問は疑問として取り組まれたということなんですね。

 

住職:前回お話ししたように、「宇宙の真理とは何か?」という視点で
考えたら、宇宙大霊を人格的な存在としてのみ捉えるのは、“何か違う
んじゃないか”とか、思うわけですよ。

 

――で、その疑問に対しては、どのように対処されたのですか?

 

住職:よほど疑問や文句を、道場を運営している人たちにぶつけてやろ
うかとか、会報に原稿書いてやろうかなどとも考えました。しかし、す
んでのところで踏みとどまったんです。

 

――それはまた、どうしてですか?

 

住職:果たして自分は、一切の救いへの祈願に集中し、三昧(瞑想状態)
に入っているだろうか? と自身を振り返ってみたんです。そうしたら、
二時間の念仏修行の内、五分も祈願が持続できていないという、自分の現実
に気づいて、愕然としてしまったんです。

 

――なるほど。

 

住職:よく考えてみたら、自分は、ただ二時間座って声を出して、終
わったら、“ああ、楽になった”と帰るだけだったんです。別段深い瞑想
状態に入っているわけでもないし。そんなこともできていない自分が、
エラそうに文句たれるのは、“よく考えたら、かなりカッチョ悪いの
ではないか?”と思ったんです。

 

――自分のことを棚に上げて、つい言ってしまいがちですけどね。

 

住職:それで、決心したんです。まずは毎回、二時間ホントに集中して
祈願し続けようと。そんなこともできていないのに、エラそうに文句
言うなんて、と思ったわけです。

 

――できていない自分を、見て見ぬふりはできなかったのですね。

 

住職:そこの道場に通う目的が、修行のためよりも、人間関係など
の他の所にあったら、こうはなれなかったでしょう。内容に疑問
を抱いたり人間関係的なストレスがあったら、いくらお世話になった
としても、辞めてしまったと思います。

 

――修行コミュニティに所属することと、修行そのものを混同することは、
往々にしてあることだと思います。しかし、その辺はブレなかったんですね。

 

住職:自分が求めていたのは、何らかの団体に帰属することではなくて、
あくまでも人生の真実でしたし。

 

――修行は、あくまでもそのためだった、と。

 

住職:まあ、自分的にはそうでした。それにも関わらず、修行できてい
ない自分を見て見ぬふりしたり、自分をごまかしてしまったら、人生の
真実どころか、自分の真実すらわからなくなってしまいます。だから、
道場がどうかという問題はともあれ、まず自分の心をちゃんと修行でき
ている状態にしよう、と。そう思ったんです。

 

――で、実際にされてみてどうでしたか?

 

住職:いやー、二時間祈願の念を持続するのが、こんなに大変なこ
とだとは、、、とびっくりしました。それで、もう必死になりました。
顔がひんまがるぐらい。
必死になって、死にものぐるいで、心を祈願に集中し続けることに努め
たんです。

 

――できたんですか?

 

住職:いやー、何度も言うようだけど、それこそ必死です。顔をひん曲げ
ながら、冷や汗流しながら、とにかく毎回二時間がんばり続けました。

 

――へぇー。

 

住職:で、そんなことを週に3、4回もしていて、3、4か月が経った
頃でしょうか? 何だか不思議なことが起こり始めたんですよ。

 

―続く―

 

View all posts in this series
Comments are closed.