住職に聞く!第十五回 自我の死と、たましいの復活

住職に聴く!

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。
喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

プロフィール

遠藤 喨及 東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください

 

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ
喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。

一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?


遠藤喨及住職

住職 遠藤 喨及(えんどう りょうきゅう)

プロフィール

18歳の頃、音楽演奏中の神秘体験をきっかけに、念仏三昧の行を始める。 1991年、中央仏教学院専修課程(通信)卒業後の三年後、浄土宗にて伝宗伝戒を 受ける。またこの頃より、世界各地でタオ指圧や念仏ワークショップを行ない、その足跡 が、世界八か国の念仏サンガとなる。2007年、和田寺の住職に就任。音楽家としては、五枚のCDをミディレコードより発表。テレビ、ラジオでオンエアーされている。また、「気心道」(だいわ文庫)など、数冊の著書がある。


 

 


第十五回



――「一切の存在の救いを祈り、ひたすら念仏した。すると、仏さまの
実在を体験し、心身に驚くような変化が生じた。そして、“やっと魂の
ふる里に戻ることができた”、というような安堵の実感を得て、安らぎ
や喜びなどが、心身から溢れ出るようになった」と伺いました。
そのような体験は、その後の人生に大きく影響したのではないでしょうか?

 

住職:人生に大きく影響したのはもちろんですが、むしろ自分の存在自体
が変わったという感じです。

 

――月並みな表現ですが、生まれ変わったと言うことでしょうか?

 

住職:古い自分が死んで、仏さまの力によって、新しい自分として復活
したとでも言いましょうか、、、、。

 

――禅でも、大死一番と言いますね。

 

住職:キリスト教で言う“復活”は、このような体験を象徴的に表してい
るのではないかと、後で思いました。

 

――「復活」というと、十字架上で死んだイエスが、死後三日目に生き
返ったという話ですか?

 

住職:はい。イエス様は、自分自身の人生のすべてを捧げて、神の愛と
人間の関係という物語を残した方ですからね。

 

――なるほど。それが聖書という形で残った、ということですか?

 

住職:聖書の中の福音書は、イエスの物語なんです。死後の復活が事実か
どうかは別として、十字架上の死と三日後の復活という物語。これが何を
象徴するかと言えば、それは肉体にまつわる人間のエゴの死。そして神の
力による、“たましい”のよみがえりなんです。

 

――では、住職のそれ以前に送っていた、まるで死に向かって行くような
破滅的な生き方は、自我の死を目指していたということなんでしょうか?

 

住職:無意識的には、それもあったかも知れません。
でも、最も「地獄の季節」(※ランボー)だったのは、ティーンエイジャー
の頃です。だから、大人になるイニシエーションとして、死と再生の物語
が必要だったということも、あるかも知れません。

※ 編集部注:アルチュール・ランボー(1854-1891)フランスの夭折した
天才詩人。17歳の時、詩集「地獄の季節」が絶賛されるも、21歳で絶筆。
その後は、なぜか武器商人となり、37歳で死亡する。彼もまた、16歳で家出を
繰り返していた。ただし、これは単なるゴロ合わせで、話の内容と直接の関係ないとのこと。

 

――さて、仏教や、またキリスト教の一部でも行われている苦行などは、
今言われた、自我の死と霊的な復活のために行われているのでしょうか?

 

住職:そうだと思います。
また念仏三昧でも長時間に亘って続けるのは、はじめは肉体的にキツい
わけです。しかし、やがて霊的な感覚が生まれて来ると、あまり苦では
なくなってくるのです。

 

――霊的な感覚というのは、どのようなものですか?

 

住職:触覚的な肉体感覚が希薄になり、逆に、喜びや安らぎ、また温か
さ等の快い感情や感覚が強くなるんです。また、自分と世界が分離した
感じでなく、本来、両者の根源に存在している、大霊の感覚が生まれるのです。
霊的な感覚と表現したのは、このためなんですが。

 

――そうだったんですね。

 

住職:喜びによって肉体的な苦痛を感じなくなるのは、
何も特別なことではありません。
“うれしさのあまり、歯の痛みを忘れていた”等は、誰でも日常的に
体験していることです。

 

――そういえば、走っていると、やがてそれが苦痛でなくなる
“ジョッギング・ハイ”も、一般に知られるようになりましたね。

 

住職:何せ人間の脳にはエンドルフィンという、モルヒネの数千倍と
言われている脳内物質がありますからね。何かのきっかけで出てくれ
ば良いのです。

 

――では、ある程度、慣れてくれば、長時間の念仏三昧の修行も、そんな
に苦ではなくなるんですね。

 

住職:例えば、和田寺サンガでは、「念仏ハイ!」と呼ばれる修行の合宿
があります。このタイトルは、“念仏でハイになろう!”という単純な
コピーに過ぎないのですが、、、。
この時は、1日12時間の音楽念仏や、立ち上がってから五体投地する
礼拝行等を、休みなく行います。

 

――休みなしで1日12時間と聞くと、何だか、凄く大変な修行のように、
思えてしまいますね。

 

住職:途中、トイレや水分補給、また食事は好きな時にしても良い。また、
休みたければ、外で自由に休んでも良いのです。

 

――で、皆さんどうですか?

 

住職:水分補給、トイレ、おにぎりをーつか二つ頬張るなどはされます。
でも、音楽念仏に“はまって”しまうのか、実際に休む人はほとんどい
ないですね。

 

――霊的な感覚が芽生えるのでしょうか?

 

住職:恐らく、そうだと思います。皆さんの言うには、“果たして、
こんな行が自分にできるのだろうか?と思って来たけど、実際にやっ
てみたら、あっ!と言う間だった。”そうです。
中には、素晴らしい神秘体験をされている方もいますね。

 

――このような行法は、伝統的にあったのでしょうか?

 

住職:はい、「別時」と言いまして、期間を定めて、1日中、念仏三昧に
浸るのです。期間は、3日や1週間とか、長いのになると48日というのも
あります。また文献をみると、1千日なんていうのもありますね。

 

――へぇー。

 

住職:別時とは、「日常の念仏だけでは、修行が進むのに時間が
かかるから、“特別に”時を定めて集中的に修行する。」ことだそうです。

 

――なるほど。「念仏ハイ!」のネーミングは、古くから伝統的にあった
修行の効果を、現代人にわかり易く伝わるように付けたものだったんですね。

 

住職:「念仏ハイ!」は面白いですよ。1日の行が終わった後も、
みんなバリバリに元気で、踊り念仏までやったりします。
また、その後でもミーティング始めたりして、盛り上がっちゃって、
なかなか寝ないぐらい。

 

――中高生の修学旅行みたいな感じまであって、きっと楽しいのでしょうね。
何だか、目に浮かぶようです。

 

住職:「念仏ハイ!」は、皆さんが素晴らしい神秘体験をするチャンス
だから、今後も、定期的にやりたいと思っています。それで、地方に
「念仏ハイ!」ができるような、手頃な道場スペースはないかな、と思
って探しているところです。

 

――でも、念仏を一度もしたことのない人が、突然12時間とかしても、
大丈夫なものですか? やっぱり、ある程度日常的に行なっているほうが、
いいのでしょうか?

 

住職:今回だけが人生だったわけじゃないでしょう? もしかしたら、
過去のどこかの人生で、修行したことがあったかも知れないじゃない
ですか?

 

――なるほど。

 

住職:なにせ法然上人の時代には、日本の人口の半分だったかな?
とにかく膨大な数の人たちが念仏していたと、何かで読んだことが
あります。

 

――だから盆踊りや能、また歌舞伎など日本の古典芸能の多くが、
踊り念仏を起源としていると言われているぐらいなんですね。

 

住職:そもそも宗教を起源としない文化は存在しないのです。
例えば、「観阿弥、世阿弥」だって、阿弥陀から来ているでしょう?

 

――アミダくじなんかも、そうですかね。

 

住職:禅で世界的に有名な鈴木大拙博士が、名著「日本的霊性」(岩波文庫)
で述べたように、日本人の感性の根底には、念仏が密かに息づいていると
思います。

 

――そうだったんですね。

 

住職:“念仏ハイ!に参加してみたい”と思うこと自体が、自らの文化的
感性の根底に息づいている何かや、無意識に潜む、過去世の記憶に促され
てのことかも知れません。

 

―続く―

 

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