住職に聞く!第十六回 日本人の死生観を支える念仏

住職に聴く!

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。
喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

プロフィール

遠藤 喨及 東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ

喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。

一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?


遠藤喨及住職

住職 遠藤 喨及(えんどう りょうきゅう)

プロフィール

18歳の頃、音楽演奏中の神秘体験をきっかけに、念仏三昧の行を始める。 1991年、中央仏教学院専修課程(通信)卒業後の三年後、浄土宗にて伝宗伝戒を 受ける。またこの頃より、世界各地でタオ指圧や念仏ワークショップを行ない、その足跡 が、世界八か国の念仏サンガとなる。2007年、和田寺の住職に就任。音楽家としては、五枚のCDをミディレコードより発表。テレビ、ラジオでオンエアーされている。また、「気心道」(だいわ文庫)など、数冊の著書がある。


 

 


第十六回

 

 

――前回のお話の中で、“日本人の感性の根底には、念仏が密かに息づい
ている”という住職の言葉が印象的でした。

 

住職:いやー鈴木大拙博士や、柳宗悦さんの本からの引用ですよ。(照れる)
<編集部注>
「日本的霊性」(鈴木大拙著/岩波文庫)
「南無阿弥陀仏」(柳宗悦/岩波文庫)
ところで、テレビの刑事もので「ホトケ」と言ったら、亡くなった方のことですよね。

 

――はい。

 

住職:死んだらホトケ(佛)になるという発想自体が、念仏による往生を
説いた浄土思想の影響によるものです。

 

――なるほど。

 

住職:“お迎えが近い”なんていう言葉だって、元を正せば、死んだら
阿弥陀佛が念仏者を迎えに来るという「来迎思想」から生まれたもので
しょう。

 

――そもそも、日本人の死生観と念仏は切り離せないものなんですね。

 

住職:それは無意識レベルだから、日本人の感性には念仏が密かに浸透
していると述べたのです。

 

――ところでその後、通われていた道場との関わりは、どうなっていった
のですか?

 

住職:念仏道場には、僕の雰囲気の変化に何かを感じた人もいたようで
した。ある真言宗の僧籍を持っている方には、“遠藤さん、佳境に入られ
ましたね”と言われました。

 

――へぇー。

 

住職:しかし例えば、子供なんかで、自分の気持を理解してくれる大人が
周囲にいないと、それを無意識に感じ取って、何も言わない場合がありま
すよね。

 

――わかります。

 

住職:僕もそうでした。自分自身に起きた心身の変化を理解したり、言語化
して説明してくれるような大人は道場にはいないということが、漠然とわか
るんです。それで、何も言えませんでした。

 

――なるほど。

 

住職:かえって、たまに行っていたロック喫茶のママなんかに、「あんた
相当にモヤモヤと悩んで大変そうだったけど、今は“人生に深く納得した”
という顔をしてるね」などと言われたりして、驚いたこともありました。

 

――へぇー、わかる人にはわかるんですねえ。

 

住職:それに道場では、自分の心境の変化が、なるべくバレないように
していたんですよ。

 

――それは、またどうしてですか?

 

住職:だってヘタなことを言って、道場主等に、“やっぱり、あなたこそ
は後継者!”なんてことになったら、困るじゃないですか。

 

――なるほど、そうかあ! それで、放浪人生の計画についてはどうなっ
たのですか?

 

住職:もちろん続行ですよ。

 

――旅に出れるような状況には、なっていたんですか?

 

住職:その時点では、数名の若者たちが道場に通うまでになっていました。
しかし、道場脱出のために自分に課していた、目標の15人には達してい
ませんでした。また、指圧学校にも在学中でしたから、時期的にも状況的
にも、まだ時間が必要でした。

 

――深い宗教体験を得る前と後では、人に伝える上でどんな違いがありま
したか?

 

住職:それまで常につきまとっていた、“自分のやっていること(人を
念仏道場に連れて来ること)は、単に自分が放浪の旅に出たいからとい
う、エゴではないのか?”という自分に対する猜疑心や罪悪感が、
阿弥陀如来の実在や大愛の融合体験を得ることで、なくなりました。

 

――法(ダルマ)というか、道に納得したんですものね。

 

住職:それから、後継者になることを期待されるという、暗黙のプレッ
シャーがイヤなために、他の若者を道場に導かなければならないという、
“やらされ感”からも解放されました。

 

――それでも尚、放浪人生のプロジェクトは続行だったんですか。

 

住職:それは、何と言っても性分ですから。それが突然変化して、
“周囲の大人にとっての良い子ちゃん”の仮面をかぶるはずがないじゃ
ないですか。

 

――それもそうですね。

 

住職:定住は生理的に合わないし、教団リーダーなんて、キャラクター
的にも合わない。後継者なんて、真っ平ごめんという感じはそのままで
すよ。

 

――聞いていても、その方が何となくホッとしますね。

 

住職:一遍上人のように、ー所不在で無一物、雲や風のように、どこでも
好きな所を放浪しろ。そうしながら念仏を広めろと言われたのなら、喜ん
で従ったのでしょうけど。

 

――“後継者になって教団を守っておくれ”と言われるのとでは、
かなり違いますね。

 

住職:一遍上人は、亡くなる前に自分の書いたものをすべて焼いて
しまったそうですね。“一代の聖教尽き果てて、南無阿弥陀仏となりにける”
だったかな、そんな言葉を残されています。「捨て果てる」というのが、
一遍上人の美学です。だから宗派として残すつもりもなかったんです。

 

――それが結果的には、今の時宗になったわけですね。

 

住職:もともとは、踊り念仏の人々の集まりで、決まった時間に念仏を
始めるから、「時衆」と呼ばれていたそうです。それが、ある時期から
「時宗」になったらしいですけどね。

 

――そうですか。

 

住職:結局、捨て果てても、尊いものはいつか再び顕われて来るという
ことでしょう。なぜなら、人の尊い想いや生き様は、目に見えない世界
(アラヤ識)に刻まれて、決して消えないからです。そしてそれは、
やがて後世の人の心や行動として顕れるのです。

 

――なるほど、、。アラヤ識というのは、個人の意識を超えていると
いうことですか?

 

住職:はい。ユングの言う、個人無意識を超えた「普遍的無意識」は、
アラヤ識の一部だと思います。また今は、物心両面に亘って、危機的な
時代です。こんな混沌とした時代には、自称グルを気取る人たちや、
神さまのお告げを語るような、ナルシスティックな“困ったちゃん達”
が、たくさん現れることでしょう。

 

――最近、多いですねー。

 

住職:でも危機的時代だからこそ、同時に、八百年前の鎌倉時代という
危機的な時期に現れた、多くの気高い仏教の精神的リーダーたちのスピ
リットも、また現れて来る時だとも思うんです。

 

――それは何だか、安心する話ですね。

 

住職:安心したところで、今度は一見、不安を煽るようで申し訳ないの
ですが、例えば、あと二億五千万年したら、地球のすべての大陸はーつに
つながり、生物は住めなくなるそうです。つまり、人類がどんなに文明や
文化を発達させても、その時までには消失してしまうということです。

 

――えっ、それはまた、、、。(汗)

 

住職:でも、世の中を少しでも良くしていこうという行動や、周囲の人
を気遣う生き様。あるいは学問や芸術、また宗教などの精神文化を豊かに
していこうとする私たちの日々の努力。これらは、すべて目に見えない
霊的世界に確実に蓄積されていくんです。だから利他においては、
何ひとつ無駄な行為というものはないはずです。

 

――へぇー。

 

住職:仏教で言う「功徳」とは、霊的世界での蓄積のことなのかも知れ
ません。いずれにしても霊的な蓄積は、たとえ将来の地球で、地上に生物
が住めなくなったとしても、またあらたに地上に生物が生まれて、それが
人類として進化を遂げた時に、人々の想いや行動、また生き様として顕れ
るのだと思います。

 

――手塚治虫のマンガ「火の鳥」みたいな話ですね。

 

住職:宇宙自体が霊的に進化しているんです。今の宇宙が生まれてから
137億年(誤差+?2億年)と、かなり正確に計算されています。
しかし今現在、私たちが享受している文明や文化、あるいは精神は、
それ以前に存在していた宇宙の生命体からの継承かも知れません。

 

――文化の継承というのは、歴史として残る、いわゆる目に見える世界
だけのことではないんですね。

 

住職:それは、むしろ氷山の一角に過ぎないのではないでしょうか?
目に見える現象世界は、目に見えない霊的世界に支えられて成り立って
いるんですから。

 

――これまで、“霊的”ということを何か勘違いしていたみたいです。
とても狭く考えていたというか、、。本当の意味での霊的世界にまで
視野を広げると、世界観もまた広がるような気がしますね。

 

住職:ところで話が脱線してしまいましたが、“宗教体験を得る以前と
以降とでは、人に道を伝える上で、どう変わったか”というご質問でしたね。

 

――そうそう、その話でした。

 

住職:これは、ずーっと後になって思い返してみてから気づいたんですが、
宗教体験があってから、僕は人に対して、いろいろな気の作用を無意識に
及ぼし始めたんです。

 

――へぇー。

 

住職:もちろんポジティブな作用です。また、誰に教えられたことでも
ありません。無意識裡のことですから、意図的なものでもありません。
自分自身、人に気の作用を及ぼしているという自覚自体が、おぼろげに
しかなかったんです。

 

―続く―

 

View all posts in this series
Comments are closed.