住職は何かに限界を感じたりすることはありますか?

なんでも質問箱

和田寺のなんでも質問箱に寄せられた「人生相談」
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プロフィール

遠藤 喨及 東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください

 

 
◎タオサンガの音楽念仏について質問です。
念仏会に参加するとほんとに気持ちが洗われていつも涙がでてきてしまいます。
キリスト教の賛美歌やゴスペルもこんな気持ちになるのかなぁって思いつつ、
ふと、浄土宗って他の仏教の宗派よりもキリスト教の方が近いんじゃないか
なんて思います。そんなことはどうでもよくて、ひたすら念仏しなさい、って
ことなんですが、根本はひとつ、ですよね。(質問になってないですね、すいません)
                                   
音楽念仏は、タオサンガ道場だけの特徴で、一般の浄土宗のお寺ではやっていない
んです。
浄土宗には、ご詠歌という仏教音楽がありますが、西洋音楽に親しんだ我々の
感覚にしてみたら、どちらかといえば、神道の雅楽に近いイメージです。
                                   
実は音楽念仏の構想は、20歳の頃から持っていました。それを考えに考え
続け、やっと決心してようやく数年前に始めたものです。
                                   
浄土宗とキリスト教の教義的なことよりも、法然上人とイエスの宗教改革者としての思想が、
ピッタリと重なっています。
                                   
例えば、それまでの仏教は、戒律を厳格に守り修行するものでした。それを法然上人は、
「戒律を守ることよりも修行することよりも、それら人間の思惑をはるかに超
えて尊いのが、阿弥陀様の慈悲である」と説いたのです。
                                    
 一方、ユダヤ教は、「律法を厳格に守るものが善である」という教えです。
しかし、「律法をはるかに超えた神の愛こそがすべてである」と説いたのが
イエスなのです。
                                   
そして法然上人は島流しにされ、2人の弟子は死罪になり、イエスは十字架に
かけられました。
                                    
本来宗教は、常に新しい思想を伴ってこそ、霊的生命を保つことができるものです。
しかし既成の組織の中で利益を得て安住している人は、これを否定し抹殺しよう
とします。まあこれは、この世の常ですね。
                           

 

                                   
◎住職は何かに限界を感じたりすることはありますか?
 そのような時はどうされますか?
                                   
限界というよりは、「今は、その流れに向かっていないのかな?」と思うこと
はあります。
例えば、今回、18か国の音楽家に、アースキャラバンのテーマ曲をプロにレコーディ
ングしてもらう、というプロジェクトを行いました。また、一般の人が歌っているところを映像にするプロジェクトも、同時平行で行ったんです。
(こちらをご覧下さい。→ https://www.youtube.com/watch?v=EiXX-bWemRw&feature=youtu.be
                                     
で、韓国のプロフェッショナルレベルのミュージシャンが、どうしても見つからなかったんです。
5人ぐらいのルートで連絡を取って行き、長い時間をかけたあげく、とうとう
5人目もダメだった。連絡しても返信すらもらえなくなるなど、いろいろあり
ました。
その時はさすがに一瞬、もしかしたら韓国はダメではないか? と思いました。
                                   
でも、アフリカのミュージシャンを探しに、ある会合に出たときに、韓国のイベント
に関わっている人に出会いました。それを聞いた僕はすぐに、「誰かミュージ
シャン知りませんか?」と頼んだんです。心の奥底では、全然諦めてはいなかっ
たんですね。
                                   
そしてその人が紹介してくれるという人に、立命館大学まで会いにいったんです。
でもその人もダメだった。ただ、引き合わせてくれた時に、ふとその人が、
「この人なら知っているかも」という人を思い出したんです。
                                   
僕はその場で電話をかけてもらいました。そして電話口で、「その韓国ミュージ
シャンの連絡先を教えてください」と頼みました。そしていろんなやり取りの
果てに、とうとう見つかったのが、MMMという素晴らしい韓国サウンドのバンド
でした。
これは、今度の“SHARE!” というCDの中に入っています。(それまで断られ
続けたのが、むしろありがたいぐらいの気持ちになったほどでした)

今までを振り返ると、状況に限界を感じて、一瞬諦めた方がいいかな? とふと
思うことは、たびたびありました。
いろんな修羅場をくぐって来て、今思うことがあります。

それは、人は「願いさえ捨てていなければ、そして行動することに骨惜しみさえ
しなければ」、どこかで別の展開が用意されていて、後で叶うようになっている
ということです。
                                                               

 

share
アースキャラバンのテーマソング「Share」

 


◎認知症のお年寄りの魂は仏教や霊的世界から見るとどういう状態なのでしょうか。
また周囲の人々はどのように考えて接すると良いのでしょうか。「どうせ分から
ないから(認知症なので)」と言う人もいますが、本当の魂はその人の中にある
ような気がしてなりません。
                                   
認知症の人も精神を病んでいる人も、そして我々も、みな人間という病いを
背負い、そして浄土に向かって旅をする巡礼修行者だと思います。
                                   
認知症であろうと植物人間であろうと、また動物であろうと道具であろうと、
話しかけ、また話し合うことはできると思います。
                                   
話し合えるかどうかは、相手の氣を受け取る側の感性の問題ではないでしょうか? 
物質でさえ、良い扱いをすれば、こっちに良くしてくれると思います。

suwa


 



◎最近よく“自己責任論”というのを目にします。社会的弱者に対して、
今の状態にあるのは「あなたが努力しなかったからです」という論調です。
「もっと努力している人がたくさんいる」というのですが、努力は努力できる
環境が必要ですし、そもそも能力に恵まれず努力できない人だっています。
社会というのはいろいろな人がいるから社会なのだと私は思いますが、住職は
どう思われますか?
                                   
「自己責任論」というのは、例えばTという元金融担当大臣のように、悪しきシステムによって
「社会格差」を作っている人たちが、その悪を隠すために人々を煙に巻こうと
して言っていることばですね。
                                   
インドのカースト制度は、過去のカルマという言い訳で身分を固定しました。
それが現在の格差社会の「自己責任論」にすり変わったようなものです。
                                   
なぜ彼らが格差社会を作ろうとするのか? そうすれば人々は分断され、対立
するからです。さらに少ないパイを取り合おうとして人々はいがみ合い、孤立
していきます。
                                   
そうなることで、人は無力になります。そしてインドでは「カルマのせい」、
日本やアメリカでは、「努力しなかったせい」にして、システムの悪には気づか
ないのです。
                                   
ここから解放されるには、人々が、パイを取り合うような生き方や自分と自分の
家族の幸せだけを考えるような生き方を、やめなくてはなりません。
                                   
自分自身が、他の存在や世界の大義に責任を持つようにならなければ、世界は
変わりません。
                                   
悪しきシステム、苦しみの世の中になっているのは、人々がそのことに目覚める
ためなのですから。
                             

 



◎第二次大戦戦闘機についての質問です。
テレビ、映画、小説や戦記もの、そして漫画で、海軍の戦闘機(零戦、紫電改
など)は私たちに馴染みがあるのですが、陸軍の戦闘機、隼や疾風などはその
性能や実績があまり伝わっていません。
でも、満州からマレー半島までの戦場で、スピットファイアと激戦を繰り広げた
のは陸軍の戦闘機のはずです。
特に疾風は一番かっこいい戦闘機だと思うのですが、その性能や実績はどうだっ
たのでしょうか?
                                   

イギリス軍相手に大活躍した「加藤隼戦闘隊」のことはご存知なかったですか?
歌にまでなっていますよ。
                                   
それからノモンハン事件で精神主義の日本陸軍は、すでに機械化していたソ連
軍に大敗しましたが、空の闘いでは圧勝だったんです。あのわずかな期間に、
二千機ぐらいのソ連軍戦闘機を撃墜していたと思います。
「疾風」は、戦後アメリカ軍がテストして、日本の最高傑作機と評価した戦闘機
ですね。ハイオクのガソリンで飛ばしたら、時速680km以上も出たそうですよ。
紫電改もそうですが、これらは、造った当の日本が考えていたよりも高性能の戦闘
機だったのです。
そうした、日本の技術者たちが必死になって向上させた日本の工業技術は、決して                          無駄になったわけではありません。
                                     
それらのハイテク技術は、戦後の自動車や電化製品に引き継がれ、ジャパン・
ブランドとして世界を席巻していったのですから。
                              

 


◎仏教を始めとする各宗教(組織)は、自分達の信じる宗教(組織)以外の
他宗派、及び他宗教(組織)に対して、どの様な評価を与え、接するべきだと
思われますか?
                                  
又、不幸にして他宗派、他宗教(組織)から何らかの攻撃(暴力等)を受けた
場合、どの様にそれに対応すべきであると思われますか?
                                    
                                    
読んでいると、毎回宗教(組織)となっていますが、あなたにとって宗教は
イコール組織なのでしょうか? 僕にとって両者は、「性格」と「肩書き」という
ぐらい、まったく違うものですが、、、。文章としては、通常は、(  )の
方が趣旨なので、あなたの書く(組織)についてお答えします。 
                                    
まず、先の例えでいえば、僕はどの肩書き(組織)も信じていません。だから、
肩書き(組織)に対しては、「所詮は無常のもので、やがては朽ちていくものだ」
という評価を与え、そう接するべきだと思います。組織(肩書き)信じるなんて、
とんでもない!
                                   
組織と言っても実体はなく、ただの人の集まりです。だから、ある組織に所属
している「人」から攻撃なり暴力を受けた場合は、どうしたら良いか?という
質問としてお答えします。だって、〇〇会社に勤めている人から暴力を受けて、
「〇〇会社を訴える!」なんてないでしょ?
                                    
暴力は犯罪です。社会には犯罪を取り締まる警察があります。ただ、事件性が
なければ警察は動かないので、そこが問題ですね。すでに誰かから暴力を受け
たら、犯人を捕まえるようにと警察に言えます。その際、医者の診断書をもらっ
て証拠を取っておく必要があります。
                                   
さらに、相手が宗教組織に所属して、その組織の指示であなたに暴力を奮うので
あれば、「日刊カルト新聞」とか、そういうところに知らせれば、取材して
記事にしてくれるのではないでしょうか?組織の上の者は、世間の評価を恐れる
でしょうから、それなりの効果はあると思います。
                                    
基本的には、犯罪への対応は司法で、それは相手が誰であっても同じではないでしょうか?
                                    
                                    

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