念仏ハイ!2016 感想文集4

タオサンガNEWS!

海外、国内のタオサンガのニュースをピックアップして紹介します。以前のワークショップ&修業体験、おもしろ紹介コーナーの記事も読んでいただけます。

念仏ハイ!とは・・・?

何日か、お寺にこもって思いっきり和田寺タオサンガの音楽念佛をしよう!

というものです。その中には、さまざまなワークによって、悟りの世界を

気で感じたり、感想をシェアする時間。また、グループに分かれて交代で参加者のごはんを

つくったり、ベビーシッターをしたり、温泉に行ったり、、、

非日常感たっぷりの時間です。

2016年10月のはじめ、長野上諏訪の霊場 浄土宗阿弥陀寺にて行われました。

数日をお念佛に浸って過ごした人たちは、どんなことを感じたのでしょうか?

参加者たちの感想を数回に分けてご紹介いたします。


阿弥陀寺から望む諏訪湖

 

「二度とあの暗い独房には戻るまい」



長谷川友信



念仏ハイ!で師がこう言われた。

「カルマに支配され続けますか? それとも法を受持して、カルマをコントロールしますか?」

死ぬ直前までカルマに煩わされるのか?

それは、あまりに情けない。

これから先は往けば往くほど険しい道が待っている。

自分で自分を追い込み、軌道修正できる人間しか、どのみち先へは進めないだろう。

本気で更生して二度とあの暗い独房には戻るまい、そう決定した。

私にとって「上諏訪・阿弥陀寺念仏ハイ!2016」は、自己関心の強い自分に直面し、他者関心に転換するための「道」からのプレゼントだった。

もし、このプレセントを受け取らなかったら、危うく人生を棒に振るところだった。


 

「真摯に受けとめ、向上して行きたい」




杉本越音




多くのお言葉をいただきました。

「場を受持する(場に責任をもつこと)。人にぶら下がらないこと。決定心をもつこと」




先生のお言葉はどれも自分にとって、耳の痛い言葉ばかり。

でも、これを真摯に受けとめ、向上して行きたいと思いました。


 

 

 



「まるで指圧を受けた後のような爽やかさ」




細沖 秀文 




ほとんど言葉が通じない外国のかたとも、気の世界では、分かち合える。

想いは、通じる事をあらためて確認出来たのは、大変意義深いものでした。




世界の人々が皆このような気持ちになったら、戦争なんかする必要が無いと思いました。




2日目の朝、少々意識朦朧としていましたが、なせだか涙がこぼれてきて、不思議な

暖かさと、まるで指圧を受けている時のように、左側の手足に響きを感じました。




終わった時には、肩の痛みも少し和らいで、ほんとうに指圧を受けた後のような

爽やかさを感じました。




タオ指圧入門当初は、指圧に念仏がなぜ必要なのかが、どうしても理解出来なかった

私ですが、今は念仏=タオ指圧だと思っています。


 

 

 



「胸に宿る温かい大愛への気づき」




藤原民織




阿弥陀寺で海外のみなさんと共にお念仏をさせていただき、みなさんのお念仏への

思いの深さに感動しました。




タオサンガのみなさんと共に、全てのさらなる霊的な向上を願える喜びを感じました。。

終わってから、胸に暖かい大愛を感じていることに気づきました。




お念仏によって臆することなく進んでいける、と思いました。

ありがとうございました。


 

 

「 焦らず、腐らず、諦めず この道を進みたい」




安藤芳子




念仏ハイ!の、この場に居合わせることができた幸運に

身の引き締まる思いです。




いつの日か、「そんなことがあったね」と、

笑って言えるよう、

焦らず、腐らず、諦めず

この道を進みたいと、思います。


 

 

「すごい瞬間に居れたことが嬉しかった」




本田磨證




如来様の御絵像に向かい、国籍、宗教、人種、関係なく、色々な人々が一心に

念仏をお唱えするという、すごい瞬間に居れたことが嬉しかったです。

この世界に対する責任を感じながら、精進して行こうと思います。




 

 



「行法の内容は、まさに三昧に入る近道。ただただ深い!の一言」




本田雅聖




行法の内容は、とても深く、気の世界であり霊的世界であり、ただただ深い!の一言。

まさに三昧に入る近道であると思いました。




決して満足することなく、一人一人が如来様から与えられたことに〝責任〟を持つ。




ここからまたスタートです。

与えられた使命に責任を持ち、精進していきます。


 

 

 

 



「このあたたかさを感じることができたら、人はどれだけ楽になれることか」




 小林 弘葵




念仏の中で気づいたのは、自分を常に批判している声と、それに対して常に言い訳をしている自分がいることでした。




まず否定があり、恐れがあり、それに対抗し許された分だけ、自由にできる。

そういう戦いをいつも心の中で私はして来ている。




これは自分だけでなく、人に対しても向けられていること。

これは本当に不自由な心だ、と思いました。




また、お念仏中に突然、「何があっても許しますよ」という如来様の想いを感じました。




本当にあたたかく、如来様が私に責任をもってくださっている、どのような私であっても深く愛されているのだ、と感じました。




懺悔し浄化し、自由な心になりたい、と思いました。




このあたたかさを人が感じることができたら、どれだけ楽になれることか、自由になれることか、人生を変えられることか、と思いました。




「仏道に出会うのは本当に稀なこと。

自らが法を伝えていくその未来に命がある」

と、教えられました。



 

 

 

 

阿弥陀寺の本堂。




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