念仏ハイ!2016 感想文集5

タオサンガNEWS!

海外、国内のタオサンガのニュースをピックアップして紹介します。以前のワークショップ&修業体験、おもしろ紹介コーナーの記事も読んでいただけます。

念仏ハイ!とは・・・?

何日か、お寺にこもって思いっきり和田寺タオサンガの音楽念佛をしよう!

というものです。その中には、さまざまなワークによって、悟りの世界を

気で感じたり、感想をシェアする時間。また、グループに分かれて交代で参加者のごはんを

つくったり、ベビーシッターをしたり、温泉に行ったり、、、

非日常感たっぷりの時間です。

2016年10月のはじめ、長野上諏訪の霊場 浄土宗阿弥陀寺にて行われました。

数日をお念佛に浸って過ごした人たちは、どんなことを感じたのでしょうか?

参加者たちの感想を数回に分けてご紹介してきましたが、今回が最終回です。


阿弥陀寺から望む諏訪湖

 

「世界最先端のメソッドが公開された!」


青山ダンディー


諏訪湖のほとり、阿弥陀寺での念仏ハイ!への参加は2回目だったが、

今回は海外からも20数名、国内からも40数名が参加しての大念仏会

となった。

まず驚いたのが、海外から参加された人達の念仏に取り組む熱心な姿勢。

1日中12時間以上の連続した不断念仏なのに、脱落する人がいない。

というよりも、日本人メンバーにも増して、全員が熱心に取り組まれている姿に

感銘を受けた。



秋の朝夕に様々に変化する眼下の諏訪湖を眺めながら、未来の仏教の形

を体験することができるとても貴重な機会になったと共に、世界中から

参加した人々が、共に喜びをもって学び合える素晴らしいコミュニティ

ーが出現した数日間となった。





 

 

 

「肉体的苦痛も問題なくなり、いつしか時間の感覚も希薄に」



畑井 定士




参加して良かったのは、観想法を実際に先生にリードして頂くことで、

普段より深く入っていくことができたことです。




当初は、肉体的な苦痛が大きな問題となっていました。

しかしイメージに深く入っていったことで、

それが、ほとんど問題にならなくなっていました。

またいつしか時間の感覚も希薄になりました。



 

「これまでにない心身の軽さを実感」




吉田阿純




「新しく教えていただいた行法のメソッドで必死にお念仏を続けたあと、長年積もった心の塵が洗い流されてクリアになったかのような、これまでにない心身の軽さを実感しました。




ずっと自分の身に動きにくさを感じながら、どうしたらもっと軽やかになれるのかがわからずにもがいてきたのです。

お念仏の素晴らしさを、改めて教えていただいた次第です。




自分のためではなく、仲間とその因縁の人、そして世界に回向するために一切の我に直面し続けるということ。




また、コミュニケーションに責任を持つということ等の新たな課題。

それらは私にとって、簡単なものではないと思いましたが、同時に、覚悟を決めて向かっていけば、きっとすべてを変えていくことができる、というそんな希望をもちました。




 

 

「他者の喜びも悲しみも全て自分の中にある」




石川天規



母のことは個人的なので、念仏ハイ!ではあまり思い浮かべないようにしていました。




ですが、ちょうど49日あたりだったからでしょうか?

行道になると、母が横にいるような気がしていました。




なんだか、「もう往くからね。大丈夫ね。しっかりね!」と言ってくれていたような気がしました。




96歳になっても子どものことを心配し、とくに最晩年は寝たきりでした。

“不自由でつらい状態であったにも拘らず、私のために生きていてくれたんだ”と思い、母の愛情に涙がこぼれました。




「お念仏は人と人をつなぎ、世界に宇宙に一切に繋がっている。

(もちろん亡くなった母とも!)」

それがわかれば、他者の喜びも悲しみも全て自分の中にあることがわかるのではないでしょうか。




そして、世界中の人がこのような気持ちを持ち続ければ、世の中から戦争や紛争は

なくなるのだろう、と思いました。


 

 

「念仏に国境はなかった」




高山豊希




今回は海外から多くの方々が参加され、たいへんインターナショナルな不断念仏だった。




彼らが真摯に念仏行に励む姿を見て、多くの日本人が無意識の深いところに置き去りに

してしまった精神的な遺産を、彼らが外から掘り起こしに来てくれた、と私は思った。




念仏に国境はなかった。、、、いやそもそも念仏は、国境を越えて天竺唐土を超え、

日本人の胸の中に飛び込んで来たものだった。それがまた国境を越え、こうして

世界各地に散らばっていっているのだ。




僕は念仏が、まるで分火された「平和の火」のようなものだ、と思った。その火は心の中に

無限の光を放ち、遍く十方の世界を照らして一切を向上せしめている。そしてその向上の

波に乗れるのは、この上なく幸せなことだと思ったのである。

遠くから来てくれた海外メンバーのみなさん。

ありがとう! Thanks!(英語) Danke!(ドイツ語) Toda!(ヘブライ語)



 

 

 

阿弥陀寺の本堂。




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