住職に聴く! タオサンガ篇(13)

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

遠藤 喨及
東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください。 http://endo-ryokyu.com/blog/

 


アースキャラバン中東2016 ベツレヘムフェスティバルのJAPANコーナーの打ち合わせをする喨及さん

 

タオサンガ篇(13)

 

-- 住職は、元特攻隊パイロットのお上人に師事するのをやめてから、
どのように修行を進めていかれたのですか?
前回のインタビューで、お念仏をされていた道場で大変な思いをされ、
「“もう人と一緒に念仏なんかやるもんか”と、思っていたんですよ。」とおっ
しゃっていましたが、、?

住職: 誰と念仏することもなく、経典なんかを読みながら、まあひっそりと一人で
念仏の方法をあれこれ試していたんです。で、ある日、松本をウロウロしていて
お寺にぶらっと立ち寄った時、何か勘が働いて“ここは弁栄上人が来たお寺だ”、と
思ったんです。それで玄関を開けて声をかけたら、果たしてその通りでした。

-- へぇー!

住職: そこの奧さんに、弁栄上人が創られた経典である、「如来光明礼拝儀」を
頂きました。そして東京の家に持ち帰り、それで念仏するようになったんです。

-- そうだったのですね。 その時に初めて弁栄上人が作られた経典を、、。

住職: 「如来光明礼拝儀」には、その他にも、弁栄上人が創られた歌がたくさん
掲載されていました。弁栄上人は、当時の流行歌に詩をつけて、アコーディオンを
弾きながら皆と歌ったそうです。今で言えば、レゲェとかヒップホップに、念仏の詩を
つけて歌っていたようなものだから、ずいぶん進んだ人だったんですね。

-- ほんとうにそうですね。こだわりがないというか、、。

住職: それには楽譜が書いてあったのですが、僕は楽譜は読めない。それで、
独自に曲をつけて歌っていました。サンガで今皆さんで歌っている「清浄光」と
いうのは、実はその当時創った曲だったんです。

-- そうだったんですか! 

住職: 他にも、いろいろ曲をつけていたから、レパートリーを増やそうと思えば、
どんどん増やせますよ。

-- 素晴らしい!

住職: お上人のところに行かなくなって、そんな風に一人でやっていました。
それが何年も、、、ずいぶん長いあいだ続きました。

-- 念佛修行への情熱はなくなるどころか、ますます強くなって
いったように感じますね。

住職: 修行を捨てる、という選択肢はなかったですね。で、ある時、何かの仏教雑誌で
弁栄教学系の人が書いた記事を読みました。
僕は、その人の書いたものに、自分の理想を見た気がしたんです。

-- どんなことが書いてあったんですか?

住職: 超宗派・超宗教の念仏が説かれていました。その方は、スエーデン・ボルグ(※)の
ような霊的体験までしている。その上、あらゆる宗教が融合した村を作り、人々が
様々な体験をできるようにする、というのです。

※注:スエーデン・ボルグ(1688〜 1772)
スウェーデン王国出身の科学者・神学者・神秘主義思想家。
生きながら霊界を見て来た、と言う霊的体験に基づく大量の著述で知られ、
その多くが大英博物館に保管されている。

 

-- それは、すごいですね!

住職: それはまさに、僕が理想としているような場所でした。僕は、ぜひとも法話を
聞きたい、弟子になりたいと思いました。毎日毎日、熱に浮かされたように、
そこのことを考えていました。

-- ふふふ。

住職: とうとう、その雑誌の編集部に電話をかけ、出張道場の所在地を聞き、
出かけて行ったんです。突然、行ったのですが、奥さんが普通に応対してくれ
ました。そしてその時、「法話をお聞きしたいので」と言って、本を買って帰りました。

-- その時はお会いできず、本だけ買って、、。

住職: 本を読んで、僕はさらに熱に浮かされていました。
それで、「法話はいつ聞けますか?」と電話で尋ねたんです。そうしたら、返事は
「本を5冊以上読まないとダメ」というものでした、、、。

-- はー、、。ちょっと妙な感じですね。

住職: なんだか変だな、、、とは思ったものの、持ち前の負けん気で、“ならば、、”と、
本を15冊全部購入し、2ー3週間ですべてを読んでしまいました。

-- そりゃ、まあ!

住職: その後、鞍馬の山奥にある本部道場まで、何度か訪ねて行きました。
修行者の人たちとも会いました。実はあまり、親しめるという感じでもなかったけど、
法話のテープを借りたりしていました。そして寄付したり、毎月のお布施まで始めて、
僕はもう、そこで修行する気満々だったんです。

-- いやー、徹底していますね、、。意気込みが、、。

住職: ただ面白いことに、風呂に入りながら法話のテープを聴いていたら、それを
耳にしたウチのまゆさんが、“なんか冷たい声ね、、、”と言っていたんです。その時、
僕は、“なんだ、コイツはわかっとらんな”とか思っていましたけど(笑)

-- 住職、すでにご結婚されていた!(笑) すみません、ちょっと驚きました。

住職: そうですか? 、、、で、とうとう、そこの念仏合宿に参加できることになり、
僕は勇んで参加しました。夕方から夜までのスケジュールをこなし、翌朝、五時に起床。
朝の念仏前の儀式に、そこの道場主が、ついに現れたんです。

-- 待ちに待ったその時! いかがでしたか? 

住職: いやー、現れた瞬間の立ち居振る舞いを見た瞬間に、僕はガッカリしてしまいました、、、。

-- どうしてですか?

住職: あまりにもカリスマチックというか、「私は普通の人とは違います感」が満載でして、、、。

-- (笑) わかりやすいといえばわかりやすい、、。

住職: もう呆然としてしまいました。ここ何ヶ月間か毎日毎日考えていた理想の
場所だったはずが、実際は全然、違っていたのですから、、、。それまで抱いていたイメージは
すべて崩れてしまいました。まあ、熱に浮かれたように片思いを続けたあげく、やっとデート
したら、相手の実体がわかってすぐに冷めた、というような感じですかね。(笑)

-- (笑) 幻滅度は半端じゃなかったでしょうね。 

住職: さらに帰りのタクシー内での事です。何人かの参加者と乗り合わせ、出発を
待っていたところ、しばらくすると道場主が乗って来られました。

-- へぇー。それで、、、?

住職: みんなの挨拶に一言も応えない、、、。口も全くきかない、、、。道場主が
乗るまではタクシー内でなごやかに話していた参加者同士も、結局シーンとなって
いました。一緒にいたおばさんなどは、緊張のあまりか、小声でずーっと南無阿弥陀を
唱えていましたよ。

-- タオサンガ的に言えば、”場の気に責任を持っていない人”という感じなんですね。(笑) 道場主、、いったい何をかんがえていたのでしょうか? 単に偉そうにしたいだけ?

住職: うーん、、、。車の中は30分ぐらいそんな状態で、道場主は途中で降りられたの
ですが、去り際のみんなからの挨拶も無視して、一人でスタスタ行ってしまいました。

-- ひぇ~。 本を十数冊も出版して多数の信者もいるわけですよね? 信じられません、、。

住職: 帰ってから僕は考えたのです。
自分が理想としているところなんかないし、自分が師と仰げる人もいない。
ならば結局、自分で創るしかないんだ、と。

--  ええ、、。

住職: それで、坊さんになる決心をしたのです。

-- なるほど、それで僧侶になろうと、、、。

住職:でも、坊さんになるには誰か形式上の
師匠となる人がいないとなれません。でも浄土宗の坊さんなど誰も知らない。お上人に
頼んだところで、どうせ反対されるだろうし、、、。

-- お坊さんになるには、単に自分がなりたい、というだけではなれないものなんですね。

住職: やがて、患者さんで浄土真宗の住職をしている人が来るようになったんです。
それでその方に頼んで、中央仏教学院という、浄土真宗の僧侶養成学校の通信教育を
受けることにしました。スクーリングを受けながら3年で卒業。その後、得度。さらに住職
になる資格を得るための合宿に行くというコースです。

-- はじめは、浄土真宗の、、。

住職: 僕は、弁栄上人が残された「光明会」にも行って念仏するようになっていました。
で、中央仏教学院を卒業して、”ぼちぼち得度でも”という頃、光明会の人が浄土宗に
進みたいのなら、と山上上人という方を紹介して下さったんです。それで再び、浄土宗で
僧侶修行をやり直すことにしたのです。浄土真宗のお経を練習して、読めるようにはなって
いたのですが、、、。

-- 遠回り、と言えば遠回り、、。

住職: そして、毎年夏の3週間の強化合宿に入り始めたのです。

 

<インタビュー後記>

どういう人が、自ら僧侶になろうとするのだろう・・?
私が思うには、修行し、念佛をひろめたい、という動機で僧侶になろうとすることが
原点のはず。なのにこの日本では、寺の息子(娘)に生まれたわけでもない人が僧侶に
なるほうが、かえってめずらしいと思われている、、、。
これは、不思議と言えば不思議な現象です。

今回のインタビューで、住職が理想を見た「道場主」の話は、興味深かった。
著書を読む分には人の心を動かすものがあった、ということなのでしょう。

幻滅しきれずに、その道場主に自分の理想を投影し、信者になった人だっていたはずです。
また、カリスマチックなほうが、「わかりやすい」というはあると思います。
その“いかにも感”を期待している人だっているのかもしれませんが、、。

さて、次回の「住職に聴く」。
果たして、その後はどんな展開になるのでしょうか?