第三十二回 バラナシで覚悟した、二人の男を相手の決闘!

和田寺の住職は、タオ指圧/気心道の創始者、音楽家など、様々な顔を持つ遠藤喨及(りょうきゅう)さんです。

喨及さんにインタビューして、さまざまな質問に答えてもらいます。
一体どんな言葉が返ってくるのでしょうか・・?

遠藤 喨及
東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧*気心道などの各教室、海外援助を行っている。 遠藤喨及個人ブログページもご覧ください。 http://endo-ryokyu.com/blog/


第三十二回

――前回は、ブッダガヤで出会った怪しい白人僧侶から逃れるために、夜明けのバスで駅に向かい、バラナシへ脱出された、という話を伺いました。

バラナシには、無事に到着したのですか?

住職:ガヤからは、「インドの二等自由席」に乗って行きましたが、びっくりしましたねー。

――というのは、、?

住職:長距離列車なのに、通勤ラッシュで超満員の、朝の山の手線(東京)みたいな状態です。そこに人々がさらに乗り込もうとダッシュしていくんです。

――それは、壮絶なものでしょうね、、。

住職:こちらは、重い荷物を担いでいる状態です。「果たして乗れるのだろうか、、、」と気が弱くなりかけました。

――ですよね、、。

住職:何しろ他の選択肢はない。まるでフットボールの選手にでもなったようにそこに走って行って、突っ込みました。

――わー。

住職:人間って不思議なものですねー。
ここまで狭いすき間に入ることなど、絶対不可能 ! と思ったのですが、、、。
身体がタコみたいにぐにゃぐにゃ曲がった状態でも、なんとか乗り込むことができたんです。
奇跡だと思いましたね。
しかも30分後には、身を縮めた状態で、床に座り込むこともできたんです。

――ほんとそうですね。いざとなったら人間は驚異的な順応性を発揮するのでしょうか。

住職:その状態で、地獄のような熱さに耐えること5時間。
列車はバラナシに着いたのです。

――はー、5時間ですか、、。

住職:取りあえず宿を、と思って、“インド人の画家と結婚した日本人の久美子さんという人が開いた「久美子ハウス」”に駅から向かったんです。

――「久美子ハウス」は、インドを旅する日本人バックパッカーの間では、今や知らない人はいないでしょうね。

住職:当時はできたばかりでした。“バラナシには味噌汁が飲めるゲストハウスがある”という情報をコルカタで仕入れたのです。

――なるほど。

住職:なにせ一日三食、インドの大衆安食堂でカレーだけを食べていましたからねー。
日本から2つだけインスタントラーメンを持って行ったんで、旅して1か月目の記念に食べたら、「この世にこんなうまいものがあるのか!」と感激したぐらいです。

 

――それじゃあ、「味噌汁が飲めるゲストハウス」なんて聞いたら、、、、

住職:もう秘密のパラダイスを探しに行くみたいな気分でしたね。
でもバラナシの駅で、どの人力車と交渉してもだめなんです。
“久美子ハウスに行ってくれ”と言っても、“つぶれた”とか、“日本に帰った”とか言って連れて行ってくれないんです。

――なぜなんでしょう?

住職:あとで聞いたのですが、他のゲストハウスのオーナーたちのいやがらせでした。
プーリーというところにサンタナという、日本人に人気のゲストハウスがあったのですが、そこでも同じようなことがあったので、僕はピンと来ました。

――そんなこともあるんですね。

住職:でもとうとう最後には、“わかった行くよ” というリキシャを見つけて乗ったんです。
でも、なぜか途中で自分の「トモダチ」と称する男を乗せて行くんですよ。僕はなんか、いやな感じがしましたが、インドではままあることなんで、黙っていました。
それで、ガンジス河が見えて来たあたりで、“やっぱり久美子ハウスはダメだ”とか言い出しまして、、。

――なにか企んでいたのでしょうね。で、どうされたのですか?

住職:僕も疲労困憊もしていたし、とうとうぶち切れましたね。
“日本の空手をお見舞いするぞ!”と怒鳴って、そいつの肩を押さえました。

――あはは!見てみたかったです!迫力あった、のでしょうか?

住職:いや全然。
ただ、そう言えばインド人はビビる、と他の旅行者に聞いていたから、そう言ったまでです。

――ふふ。で、どうでした?

住職:リキシャの兄ちゃんは、何やらヒンズー語で、“この日本人に、空手でやっつけると言われたー!”みたいなことを(想像)、周囲の人に言いまきながら、ガンジス河に向かって行くんですよ。

――えー!

住職:僕は、“もう何があってもしょーがない。男にはやらねばならない時があるのだ”と、まるで「銀河鉄道999」の主人公「鉄郎」みたいなクサいセリフを自分に吐いて、ガンジス河 の辺りで2人の男を相手に決闘する覚悟をきめました。

――・・・、それで、、?

住職:いよいよガンジス河で止まったので、男の顔を睨んだら、“この小路を右に入ったところだ”と指を差したのです。

――もしかして、そこは久美子ハウス?

住職:何やら拍子抜けしながら、リキシャから降り、お金を渡して向かいましたが、まだ気は抜けません。
群がって来た宿の客引きがいろいろ話しかけてきて、“こっちへ来い”とか、“あそこには何もない”とか、”オレが良い宿に連れて行ってやる”とか、言ってくるし、、、。

――やれやれ大変ですね。

住職:直射で50度の炎天下のさなかに、客引きたちを振り払いながら、路地をとにかく進んで行きました。
やがて、とうとう目的のゲストハウスに辿りついたのです。

――それで「悲願の味噌汁」は、飲めたんですか?

―続く―